24/11
桜の花は早くも散り始め、道路が薄汚れたピンク色に染まる季節。
いつも通りの道をいつも通りの時間に行き、
教室の隅の席に彼女は座る。
クラスメイトからの挨拶は無い。
理由は簡単だ、友人関係ではないからだ。
鞄を机の脇に引っ掛け、すぐに本を開いたところでふと思い出した。
そういえば今日は転入生が来るのではなかっただろうか、と。
空席は彼女の目の前に、ここが転入生の席になると予測できた。
可哀想に、こんな学校に編入だなんて。
根も葉もない噂好きの生徒達に、体罰やセクハラもひた隠しにする教師、実績しか頭にない校長…ロクな学校ではない。
せめて少しくらいは助けてあげようと心の内で決めるのであった。
転入生が来ない。
もう午後だというのに来る気配が全くない。
転入早々バックれたか、はたまた体調不良か。
そんなことを考えながら次の時間の教科書を取り出していると
近くの生徒の話し声が耳に飛び込んできた。
「転入生来なくね?サボり?」
「さっすが前歴持ちはやること違うよなぁ。」
「何それ転入生そんなヤバい奴なの?」
「裏サイトに書いてあった。」
裏サイトの真偽云々はともかく、何故まだ来てすらいない人物の悪評が広まっているのだろうと首を傾げる。
この学校の生徒は噂好きが多い。裏サイトに書いてあったことが嘘だったとしても一度貼られたレッテルは剥がれるどころか、無責任な想像で勝手に増やされてしまうことだろう。
これには彼女も同情を隠せない。
「みんな静かに!休み時間終わったよ!」
声がした方に視線を向けるといつの間にか担任の川上が教壇に立っていて、その隣には見知らぬ男子生徒が鞄を手に並んでいる。
彼が例の転入生だろうか。
「いきなり大遅刻とか、やっぱヤバい…」
「普通に見えるけど…」
「目ぇ合わすと殴られるかもよ…?」
彼の噂は順調に広まっているようだ。
それがなんだか無性に苛立ちを湧き上がらせ、無意識に顔を顰めた。
「…転入生を紹介します、来栖 暁君。
今日はその…体調不良ということで午後から出席してもらいました。」
具合が悪かったなら仕方ない、と彼女は思ったのだが周りは信じてはいないようだ。
そこまで彼を悪者にしたいのか。
「じゃあ、みんなに一言お願い。」
「…来栖 暁です、よろしく。」
レンズの奥の瞳からは彼が何を考えているかは窺いしれない。
「大人しそうだけど…キレたら…」
「だって傷害でしょ…」
再びのざわめき。その中に交じる物騒な言葉に驚きながらも転入生へと目を向ける。
「えっと…その…席はね、ああ…あそこね、空いてるとこ。
悪いんだけど、近くの人。今日は教科書見せてあげて。」
「最悪…」
クラスメイトの三島が何か言いたげな顔をしているのは気になるが今は置いておくことにした。
ぼんやりと転校生を見ていると二つ前の席の高巻杏と何か一言二言交わしていたが、声が小さい為よく聞こえなかった。
「…見た?知り合いなのかな?あの二人」
「転校前から手ぇ出してたってこと?」
「それ鴨志田先生と二股じゃん」
「もうさ、さすが高巻さんだよね…」
「つか、あの空間ヤバいよね?」
「高巻さんに転入生に委員長でしょ、ヤバい奴並んでるのウケる。」
そこで巻き込まないでほしいと彼女は思うが色んな意味で目立つカテゴリに入っていることは事実なのでムッとするしかない。
転入生が前歴持ちだから怖がって近付かない、ならまだ分かる気がする。
が、根も葉もない噂に踊らされて無いことばかりを吹聴するのも、
まだこの学校のことを知らない彼に何も教えないのもどうかと思う。
次の授業は移動教室なのだが、転入生はそれを知らないようでまだ席に座っている。
周りを見回してもあまり人はいない。
仕方がない、クラスメイトなのだしこれくらいは助けよう。
「来栖君。」
携帯を眺めていた彼が顔を上げる。
こうして近くで見るとなかなか端正な顔をしていた。
「次は移動教室だよ。」
ぱちぱちと瞬き二つ。
やっぱり彼は知らなかったらしい。
「ありがとう、えっと…」
「…君の後ろの席の辻元渚です。」
「教えてくれてありがとう、辻元さん。」
「どういたしまして、案内はいる?」
「ん、そうしてくれると助かる。」
必要なものを持って少し早足で向かう。
人と喋るのは久しぶりだったのだけれど上手く話せていただろうか、
そんな気持ちで渚はいっぱいだった。
付いて歩く来栖が不思議そうな顔をしているのには気付かずに。
後書き