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特に何事もなく11日と12日を終え球技大会当日。
体育という授業そのものが嫌いな彼女にとっては地獄のような行事である。
最も、"優等生"を演じている彼女が口にするわけないのだが。
こういう日に限って体調不良にはならないのも余計に苛立ちを覚えさせる。
「ハイハイ、ちゅーもーく!
分かってると思うけど、今日は球技大会だから。みんな着替えたら体育館に集合。分かった?」
ジャージを持参してこなければよかったと心底思った瞬間が正に今だ。
そう悪態をつきながらもジャージを手に取った。
目の前を飛び交うボールに眺め始めてからどれほど経っただろうか。
女子の試合の間は無心で棒立ちになり、ボールが来たらチームメイトにパスするだけの作業マシンと化した結果がこれである。
そもそも生徒チーム対教師チームにする意味がわからない。
体格の差というものを考えているのだろうか。
右隣の女子はアタックを決める鴨志田に黄色い声を上げるのに夢中だし
左隣の高巻杏は髪を弄るのに夢中だ。
…いや、夢中というより孤立しているだけなのかもしれない。
彼女とは関わりがないからどういう性格なのか全くわからないのだ。
ふと視線を感じた気がして顔を上げると、壁に寄りかかる状態で座っていた来栖と目が合い、控えめに手を振られる。
何故だろうとは思いながらも振り返すと微笑みが返ってきた。
何か懐かれるようなことをした記憶がない。
「お前あの子と知り合い?」
「転校してきた日に移動教室のこと教えてもらった。」
「ふーん…あいつ人と話せんのか。」
坂本の興味本位の視線が鬱陶しい。
聞こえないフリをして一方的な試合を眺める。
「話したことないのか?」
「無い。学級委員長やってるってことくらいしか知らねぇ。」
「委員長?」
「何で同じクラスのお前が知らないんだよ…」
「名前と席の位置しか言われなかった。」
不意にぴたりと会話が止まり、2人の視線がコートに向いた。
それを追うようにコートを見ると三島が顔面でボールを喰らっていた。
近くにいた保健委員に彼の元に向かうよう促す。
溜息をつきコートに視線を戻した時、鴨志田と視線が合う。
最悪、と思いながら顔には出さずに逸らす。
…ちゃんと逃げられるだろうか。
結論、どうやら今回は運が足りなかったらしい。
目の前で佇む鴨志田は人の良さそうな笑顔を浮かばせてはいるが、
邪な色を滲ませた視線は隠せていない。
自分を守るように右手は左腕をぎゅっと握り、頭はどうこの場を凌ぐかを計算していた。
あまり喋りたくないのに"優等生"の彼女の口は世間話やら鴨志田を気遣う言葉しか出てこない世渡り専用のものと化している。
「辻元はいつもよくやってるよなぁ、勉強も運動も先生の手伝いも。」
そういったご機嫌取りには謙遜と1割程の礼をするだけだ。
余計なことを言って機嫌を損ねたり付け上がられても困る。
特にこの鴨志田という奴は。
手が肩に添えられる、避けるのは悪手と見た。
「何か困ったことがあったら先生に頼ってくれ。
体育教官室に来てくれたら相談に乗るぞ?」
蛇が音も無く近寄るかのように肩に乗せられていた手はするりと背中から腰まで滑る。
今までよりも距離がぐっと近付くが、そこには少女漫画のようなきらきらしたときめきなど存在しない。
そろそろやんわりと拒否をしようとしたところで、腰に添えられていた鴨志田の手が誰かに掴まれる。
「白昼堂々廊下のド真ん中でセクハラかよ?」
パッと顔を上げるといつの間にか坂本竜司がそこにいた。
隣には来栖暁までもがいる。
「またお前らか。」
忌々しそうな声色。
この2人が鴨志田を探っているという噂は本当だったらしい。
「大丈夫か?」
小さく、彼女しか聞き取れないような心配の声。
レンズ越しに彼がこちらを覗いてくる。
「…ありがとう。」
助けてもらえるとは思わなかった。
彼女と鴨志田が一緒にいても、セクハラ紛いのことをされていても、
この学校の生徒の殆どが特に注目しない。
先生相手に媚を売っているとしか思っていないのだろう。
だからこそ、彼らの行動は新鮮だった。
舌打ちを残して去っていった鴨志田には目もくれず、2人は彼女に向き直る。
2人からは裏は感じられない。
「助けてくれてありがとう。でも、どうして…?」
戸惑いが込められたそれに2人は不思議そうに顔を見合わせる。
鴨志田相手に真っ向から反抗する人がまだいたとは。
バレー部の部員も、過去に密かに助けた女子生徒達も、誰もが諦めていたのに。
どうしてこの2人はこうも自分というものを貫けるのだろうか。
坂本の方は陸上部の件があるからとして、来栖の方は分からない。
「ああいうクソな大人は許せねぇんだよ。」
「それに、君を放っておくわけにはいかなかった。」
この人達は私とは違う。
"優等生"を演じることで現実から逃げ、不幸人ぶって止まったままの自分とは違うのだと思い知らされたようであった。
無意識に笑みが零れる。
スカートのポケットに忍ばせていたそれの存在を確認し、もう一度2人の顔を見る。
「バレー部のこと探っているんでしょう?
同じクラスの三島君ならバレー部だし何か聞けるかも。」
今度は2人が呆気にとられる番だった。
その心底驚いたような様子が可笑しくて、さっきとはまた別の笑顔が浮かぶ。
ポカンとしていた彼らが我に返り、礼を返しながら走り出す。
しかし、彼らが浮かべていた喜びとは裏腹に彼女は不安を滲ませた。
これで全て解決するとは思えないからだ。
窓から見えた曇り空は今の状況を現しているかのようで、不安は更に募る。
後書き