夏の虫の話

 92.

*****

昔ばなしをしよう。
ボクがまだジムリーダーになったばかりで、日々の業務や周囲の人達に溶け込むことが出来ていなかった頃。
彼女は、シッポウシティのジムリーダー、アロエ姐さんに連れられてやって来た。

「あんた、虫ポケモンが好きだろう? この子を頼むよ」

そう言って、アロエ姐さんはボクにモンスターボールを手渡した。

「じゃあ、また来るよ」

ひらひらと手を振って、彼女は倉庫の外へと出て行ってしまった。
…なんともまあ、スピーディーかつナチュラルに押し付けられたものだ。
正直、最近は忙しくて新しいポケモンの面倒なんて、みていられないのだけれど。

アロエ姐さんは今の今まで、シンオウ地方へ行っていた。
新しく博物館で管理する予定の化石研究の為、クロガネシティという所まで行ってきたらしい。

姐さんは、決して暇な人間ではない。
ジムリーダーという仕事の傍ら、博物館の館長として働き、化石の研究をしている。
…まあ、化石に関しては彼女自身の趣味が高じたものなんだろうけど。
しかしそれに加え、彼女には愛する旦那さんと、子どもさんがいる。家族がいる。
少しの時間も、惜しいはずの人なのだ。

それでも何故か、ボクがこの街を訪れると、こうして必ず会い、話をしてくれる。
話といっても、そこに利得のある会話は無い。
先程の様な簡単な挨拶だけで、済ませることもある。

彼女は、急にボクがこの街へ来たとしても、何の詮索もしない。
それが、ボクにはありがたかった。

「……」

視線を落とすと、そのポケモンが入っているであろうモンスターボール。
大方、この中にはそのシンオウ地方でゲットしたポケモンが入っているのだろう。
他でもないアロエ姐さんが、ボクにくれたポケモンなのだ。
忙しいからなどと言って、返すわけにはいかない。

「初めまして。…よろしくねぇ」

これが彼女とボクの、出会いだった。


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