夏の虫の話

 93.

開けたモンスターボールの中から出て来たのは、蜂の巣ポケモンのビークインだった。
汚れた身体に、力の無い飛び方。
それは、それはもう、酷い姿だった。
あまりに弱っているその姿に、ボクは絶句してしまった。

どうしてそんな姿なのか。
アロエ姐さんは、どうしてこの子を回復させてやらなかったのか。
どうしてこんな状態のビークインを、ボクへ渡したのか。

様々な思考が交錯する中、ビークインは倉庫の中を、ふらふらとよろめきながら飛び回っていた。
しばらくすると疲れたのか、彼女はロフトの手すりの隅へと、その羽を落ちつかせた。
しかし、その目はボクの姿を捉えて離さない。

ああ、警戒されている。
ポケモントレーナーであれば誰もが感じたことがあるであろう、この、何とも言えない直感のような何か。
けれど、これ程までに強い嫌悪を向けられた事なんて、皆、経験したことがあるのだろうか。
少なくとも、ボクには無いけれど。
……まあ、こんな状態でずっとモンスターボールへ入れっぱなしにされていたのなら、無理もないのかもしれないが。

「初めまして、ボクの名前はアーティ」

キミ、そんな姿で大丈夫?
ボクは、首を傾げてみせた。
けれど、彼女からの応えは無い。

「取り敢えず、モンスターボールに入りなよ。落ちちゃったら、大変だよ」

そう言って、モンスターボールを取り出す。
ぎろり。と、ビークインの瞳が光った。
……入りたくないのかな。

その後もしばらく、沈黙が続いた。
お互いに、視線は逸らさなかった。
何故なのかは、よく分からないんだけど。

「はぁ。もういいよ…」

この状態から解放されたくて先に沈黙を破ったのは、ボクの方だった。
身体の力が、一気に抜けていく。
なんか、疲れちゃった…。

「そこから動かないでね」

そうビークインに命令して、ボクはイーゼルを立てた。
かじかんだ指先を掌に包み込んで、温める。
そっちが動かない気なら、ボクはボクの、やりたい事をさせてもらおう。


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