夏の虫の話
96.彼女と出会ってから、いくつかの季節が巡った頃。
彼女は少しずつだけれど、ボクらと会話する様になっていった。
この日は手持ちのポケモン達と一緒に、カナワタウン近くの高原で、ピクニックをしていた。
「まるで、恋人同士の様だな」
大小で寄り添う二つの野花を見てこんな事を呟く辺り、彼女は中々にロマンチストだ。
「じゃあ、こっちにあるもっと小さい方は、二人の子供かな?」
ボクが、傍にあった更に小さな花の群衆を指して見せる。
ずいぶんと、子沢山な花になっちゃったな。
「子供、か」
彼女の表情が陰る。
「アーティ」
「え?」
急に呼ばれて、驚いた。
今まで彼女がボクの名前を呼んだことなんか、一度も無かったから。
「其方、子はいないのか?」
「……いや、いないけど」
「そうか」
一体どうして、そんな事を訊くのだろう……。
考える間もなく、彼女は再び口を動かし始めた。
なんだか、今日はいつもよりおしゃべりだ。
「私は、見せてやりたかった。この世界を。美しい、この世界を」
淡々と、彼女が言葉を紡ぐ。
風が、野花をゆらゆらと揺らしている。
向こうでは、結麻たちがせっせと花輪を作っている。
「誰に?」
そう尋ねると、彼女は少しだけ笑ってボクに応えた。
初めて見る、彼女の笑顔だった。
「私の子だ」
prev / next
[ back ]