夏の夜の下
102.「私はね、この世界に来た時、とても怖かったわ。何も分からなくて、何もなくて、寂しくて」
本当に、泣きそうだったの。
そう言って、ミツキは笑った。
……うん。俺は、知っているよ。
覚えて、いるよ。
ぼろぼろの恰好で、不安げな顔で、今にも泣き出しそうな、あの時のミツキを。
「そんな時、貴方が来てくれた」
ミツキは、歩を休めずに話し続ける。
俺の腕も、離そうとしない。
熱い。
あつい。
あつい。
「貴方が来て、傍にいてくれたから、私は怖くなかったの。ここまで、来ることができたの。だから」
「ミツキ」
ミツキの言葉を、遮る。
ほら、やっぱり。
やっぱり、思った通りだ……。
「いいんだ……。いいんだよ、そんな無理して、俺に優しい言葉を、掛けてくれなくたって……!」
「……陽?」
「なんで、そんな風に言えるんだ……? 俺に、気をつかってんのかよ……。無理して、嘘なんかついてるのかよ……!」
ああ、ダメだ。
止まらない。
「大体、お前に声を掛けたのだって、俺が逃げる為に利用したんだって、言っただろ……? 知ってる上で、それを言うのかよ……! 俺が、可哀想だからか? 同情してるのか? ……ふざけるな!!」
留まること無く溢れだす、熱い鉛の様な言葉。
ミツキに対してこんな酷い言葉、使ったこと無い。
お前、なんて呼んだこと、一度も無い。
ミツキの手の力が一瞬ゆるんだのを見計らって、俺は腕からその手を振りほどいた。
ミツキは驚いた様子で、その場から動かなくなってしまった。
ごめん。
ごめん、ミツキ。
きっと、深く傷つけてしまっただろう。
嫌われて、しまっただろう。
……これでいい。
これでいいんだ。
なあ、そうだろ。
そうだと言ってくれよ。俺の、心。
こうでもしないと、ミツキはきっと、俺から離れてはくれないだろう?
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