夏の夜の下

 103.

あいつは言った。
前を向いて進んで行け、と。
いつまでも、立ち止まってはいけない。
立ち止まっていては、ミツキのことを守れない。
そうして考えた結果が、これだ。
悪いな、ハヤタ。
俺はこんな風にでしか、大切なものを守ることが出来ない。

「陽」

ミツキが、俺の名前を呼ぶ。
静かな、優しい声で、俺の名前を呼ぶ。
俺は、応えない。
応えられる俺は、ここには居ない。

「陽、あのね」

「……」

「聞いてほしいんだけど……」

行き場を失った自分の指を両手で絡ませ、それを見つめるミツキ。
満天の星空の下、時は酷くゆっくりと動いていた。
月は黙ったまま、俺たちを照らし続けている。

「笑われちゃうと、思うんだけどね……。私、貴方のことを守りたいの」

「……は?」

守る? ……俺を?
固まる俺を他所に、ミツキは話を続ける。

「陽が私をこの世界から守ってくれた様に、私も、貴方をこの世界から守りたい。陽のこと、可哀想だから言ってるんじゃないわ。気を遣ってる訳でも、ないわ……」

「……」

「もちろん、嘘なんかじゃない。本当よ……」

「……」

だめだ。
だめだだめだやめろ。
それ以上、俺に優しい言葉を掛けないでくれ。

「だって、言ったでしょう? 私もね、貴方のことが大切なのよ。陽」

にこりと笑う、ミツキ。
もう一度、俺に差し伸ばされる、手。
その、自分と比べて随分と細くて小さな手から、俺は逃げる様に後ずさった。
ごめん、ミツキ。本当に、ごめん。
その手を迎えられる手は、ここには無いんだよ。


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