夏の夜の下

 105.

「分かっていないのは貴方の方よ、陽」

ぴしゃり、とミツキの言葉が、俺の思考を遮る。
決して大きな声ではないのに、何故か頭に響いてくる。

「陽はずるいわ。自分からはそんなこと、一言だって言ってないじゃない。私にだけそんな酷い言葉、言わせるつもり?」

ミツキが一歩、俺に近づいた。
再び後ろへ引く俺を、ミツキは逃がさなかった。
冷え切った俺の手を、ミツキのあたたかい手のひらが包み込む。
なんて、なんてやわらかくて、心地のいい手なんだろう。

ああ、待ってくれ。待ってくれ。
俺は今、お前に酷いことを……。
酷い、ことを?

「……ミツキ、俺、今」

「うん?」

「ミツキのこと、傷つけようとした……」

「え?」

「本当の意味で、傷つけようとしたんだ……」

大切なのに。
大切なはずなのに。

「ミツキ、俺、本当にダメかもしれない。このままだと、本当にミツキのこと、傷つける。……壊して、しまう」

「……」

「なあ、頼むよ、ミツキ。……はなしてくれ」

この手を、どけてくれ。
逃がしてくれ。
ミツキが傷つかないように。
俺自身が、傷つかないように。


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