夏の夢の家
117.「ねえ、おねえちゃん」
不意に、少年がこちらへ目を向ける。
オレンジ色のランプの明かりに照らされて、少年の影はゆらゆらと揺れている。
「つきになんて、いけると思う?」
「え? 月?」
「うん、そう。つき」
「うーん、そうねえ……」
どう応えたら良いのだろう。
人類は既に月面への着陸を成功させ、今や月など宇宙の研究は科学技術の発展と共に凄まじいスピードで進められている。
これはあくまでも私が元いた世界の話だが、こちらの世界でもきっと同じぐらい…いや、それ以上の研究が進められているはずだ。
人類やポケモンが簡単に月へ行くことが出来る未来も、そう遠くないと思う。
「きっと、行けるんじゃないかな」
「ふうん……」
それになにより、夢があって素敵だ。
瞬く星に包まれて月へ向かう宇宙旅行なんて、誰もが一度は憧れたのではないだろうか。
「月か……。私も行ってみたいなあ……」
「あのおにいちゃんと?」
少年の瞳が、朱く光る。
「おにいちゃん? ……もしかして、陽のこと?」
「はる……。そう、あのおにいちゃんのなまえは、はるっていうんだね……」
少年は目を伏せて、口元だけに弧を描いた。
……年齢に相応しくないその表情から一瞬感じた不気味さは、私の気のせいだろうか。
「……どうしたの? ……大丈夫?」
「うん、大丈夫」
声を掛けると、少年はにっこりと笑みを浮かべた。
ランプの当たらない瞳に、もう、朱い光は映っていない。
「ぼくも、いってみたいなあ。……おねえちゃんと、いっしょに」
少年が、私の手を握った。
丁度、その時だった。
がたん。
とても静かな時間が、終わってしまったのは。
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