夏に似た瞳

 124.

起き上がると、窓から差し込む光が少し和らいで視界が広がる。
辺りを見回すと、病院の個室とはいえ、さほど広くない部屋であることが分かった。
ずっと横になっていたからか頭が少しぼうっとするが、じきに慣れてくるだろう。
先程ここを訪れたタブンネが、何か言いたげな様子だったが……兵太さんの方へ視線を送った後、失礼しました、とだけ言って部屋を出て行ってしまった。

「そういえば君、お名前はなんていうの?」

点滴を抜いてからもなお、私の手を握り続ける少年に、尋ねる。
そういえば、まだ名前も聞いていなかった。
すると少年は、ぱあっと目を輝かせて、こう応えた。

「ぼくね、ぼくね、なまえがないの! だからおねえちゃん、ぼくにもなまえ! なまえをつけて!」

「え、ええ!?」

予想外の応えに、驚いてしまった。
名前が無い、ということは……。

「君は……ポケモン、なの……?」

それも、野良……野生の……。
そう尋ねると、少年は変わらないそのままの笑顔を、私に返して来る。

「そうだよ! ねえおねえちゃん、おねがい。ぼくに、おなまえをちょうだい?」

「おい、そこまでだ坊主。嬢ちゃん、止めときな。こいつに名前なんかやるんじゃねえぞ」

「え……」

「ええーっ! ひーどーいー!」

やだやだやだと駄々をこねる少年に、私は、何と言ってあげたら良いのか分からなかった。
……まあ、名前を付けて欲しいと言われて、戸惑ったのは確かだ。
それは、陽に頼まれた時と変わらない。
名前なんて、そう易々と付けてあげられるものだとは、今でも思わない。
でも、それでも、兵太さんがそこまで強い口調で言い放つ理由が、私には分からない。
威圧のある兵太さんの一言は、決して冗談などでは無かった。
……一体、何なのだろう。

「そんな顔で俺の顔を見るなよ、嬢ちゃん……」

参ったなあ、と頭を掻く兵太さんは、いつもの様子と何ら変わりは無い。
それでも、兵太さんはこの少年に対して、少し当たりが厳しい様な気がする。
名前なんかやるんじゃない、……なんて。
妙な違和感に頭を抱えていると、入り口のドアが、再びがらりと開いた。

「ただいま……。ああっ、ミツキ!!」

現れたのは、いつも見慣れた、あの鮮やかな赤髪だった。


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