夏の海と君

 134.

「ええーっ! 私のこと、男の人だと思ってたんですかー!?」

頬に手を当て、大きな眼鏡の奥の、これまた大きな瞳を真ん丸にして驚く女性。
紫と黒でデザインされ、可愛らしいリボンがあしらわれたビキニは今、長袖の薄いパーカーで隠れてしまっている。
それでも隠し切れないといった風にのぞく豊かな胸や太ももが、私には、とても眩しい。
彼女こそ、イッシュリーグの四天王であるトレーナー、シキミさんだ。

「す、すみません……。何も知らずに、来てしまったもので……」

「そうなんですか? ……うーん。もしかして、外国のお方?」

「ええっと。はい、そんな感じです……」

大きなビーチパラソルの下で、日焼け止めを入念に塗り直しているシキミさん。
彼女は浮かぶ疑問を率直に訊いては来るものの、嫌な顔は一つもせずに話を続けてくれている。
元より、明るい性格なのだろう。
先程から飛び交うファンからの声援も、にこやかに返している。
……ゴーストタイプの使い手で、作家業をしているというから、もう少し、控えめな人物像を予想していた。
驚いたことに、このビーチバレーの主催者は、彼女なのだという。
本人曰く、事の発端を言い出した人物は別にいるというのだが…、彼女が筆頭となっていることに変わりはないだろう。

「リバースマウンテンの麓、ストレンジャーハウスで起きた、謎の連続誘拐事件……。見えぬ犯人像、闇に包まれた手口、そして、眠らされたまま発見される被害者たち…。暗雲立ち込める最中、再び、その影は一人の少女を連れ去ってゆく……。一時その事件へと巻き込まれたかに思われた少女は、目覚めた時、新たな真実を見つけてしまうのだった……!」

「あのー……」

「どうですか? 面白そうですか?」

「ええと……」

「もー、テンションが低いですよ! もっとハイになって! これは、あなたの物語なんですから!」

「……」

良い人には違いない。ただ、少し、……いや、かなり変わった人かもしれない。
思わず絶句していると、兵太さんがこちらへ近付いて来ていることに気が付いた。
陽と少年は、まだ向こうの砂浜で、他のポケモン達とビーチバレーをして遊んでいるらしい。

「シキミ殿、俺はもう御暇するぜ」

フウロに呼び出されちまった。
そう言って、兵太さんは頭を掻いた。
けれどどこか嬉しそうなのは、私の気のせいではないと思う 。

「そうですか。わざわざ遠いところをご足労頂き、本当に感謝しております。ありがとうございました」

立ち上がり、兵太さんへ手を差し出すシキミさん。
兵太さんもそれに応え、彼女と手を交わす。

「いや、礼を言うのはこちらの方だ。休暇中に面倒事を引き受けて貰って、申し訳ない。改めて、礼を言わせてくれ」

「いえ、気になさらないで下さい。彼の事に関しては、ご安心を。帰りは空路ですか?」

「ああ。そのつもりだ」

「そうですか。道中お気を付けて。また何かあれば、ご連絡ください」

「どうも。フウロに伝えておくよ」

そう言って、兵太さんはその姿を巨大な鳥ポケモンへと姿を変えた。
相変わらず雄々しいその姿に、息をのむ観光客達の様子がうかがえる。
流石はフキヨセジムリーダー、フウロさんの手持ちポケモンだ。

「それじゃあな嬢ちゃん。元気で」

「はい。兵太さんも、お元気で。フウロさんにも、どうかよろしくお伝え下さい」

本当に、お世話になりました。
そう言って、私は深く頭を下げた。
本当に、兵太さん達にはお世話になってばかりだ。
何度お礼を言っても、言い足りない。

「いやあ、気にするな。また会えて、楽しかったよ」

陽と仲良くな。
そう言って、兵太さんは私にウインクをした。
兵太さんはばさりと大きなな両翼を広げ、辺りの砂を巻き上げる。
次の瞬間、その姿は上空へと舞い上がり、西の空へと飛んで行く。
巨大な入道雲を背景に、その姿はすぐに小さくなって、あっという間に見えなくなってしまった。


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