夏の月に陰

 191.

先刻の音がルーフバルコニーへと続く大きなガラス戸を一気に開け放った音だと分かるまでには、少し時間が掛かった。
すさまじい風圧で視界がぼやける中で、ひどく懐かしく感じる声が、私の名前を呼んでいた。

「ミツキ、掴まれ!!」

何か、巨大なものがすごい勢いで目の前に迫ってきて、そこからさし出された腕に、私は夢中でしがみついた。
気付いたときにはすでに彼はそのもう片方の腕で、私の腰をしっかりと抱き上げていた。

「ミツキ、会いたかった……!」

「いいか、しっかり掴まっていろよ!」

聞き慣れた声と共にもう一つ、意外な人物の声に私は一瞬戸惑ったが、そうも言っていられなかった。
もう一人の声の主はどうやら、私を抱く彼の腰を片手で支えている様だ。急いで体制を立て直す。
今、私達が乗っているのは、大の男二人が余裕で乗れるほど巨大な鳥ポケモンの背中だった。
この体長二メートルはありそうな巨鳥は、広いディナールーム内を悠々と旋回し、あっという間にバルコニーへと降り立った。
……否、降り立とうとした。

「降りないで! 逃げて!!」

そう叫んだのは他でもない。私だ。

「逃げて、お願い!! 早くここから飛び立って!!」

その声に驚いた様に、私達を乗せた鳥ポケモンはその身体を急上昇させるべく大きく羽ばたいた。
とても強い風が、頬をなぜた。

「ミツキさん!!」

背後からの、大きく澄んだ声。

「私達はもう貴女たちを追わない! でも、私は信じてる……!! 待っているから!!」

聞こえない。聞こえない。何も聞こえない。
もう、何も聞こえないの。
……もう、何も聞きたくないの。


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