夏の月に陰
192.「ミツキ……?」
心配そうに訊いてくる彼の表情は今、見えない。
私は彼の服に顔をうずめたまま、動けないでいた。
もう、私を呼ぶあの澄んだ声は聞こえない。
聞こえるのは、夕暮れ前の空を切る、風の音だけ。
それでも耳に残っているあの声は、耳障りどころかやわらかく染み渡る様に私の脳に浸透していって、それが私の心をじりじりとざわつかせていった。
一体あの人の言ったことは何だったというの?
これが夢だなんて、信じられるはずがないでしょう?
だって彼は、ここに居るんだもの。
こうしてここに、ここに、居るんだもの。
ぎゅう、と彼の服を、自分の手が痛くなるほど握りしめた。
痛い。痛いの。こんなにも、痛い。
こんなに痛いのに、こんなにも近くに居るのに、ここに居る彼は、私は、夢の中の存在だというの?
そんなの。そんなの……!
「……。ミツキ……?」
そんなの、あんまりだ。
だって私はこうして、彼に触れている。あたたかさを、感じている。
なのにこれが、現実じゃないだなんて。
夢の中の、ことだなんて……。
…………信じられるはず、ない…………。
「私は、ここにいる……」
「え?」
顔をあげたら、すぐ傍に彼の表情が見えた。
「ここにいるから、ここにいるの。私が貴方の傍にいるから、私は貴方の傍にいるの……」
「…………。ミツキ、どうしたんだ……? 一体、何を……」
「お願い、しんじて……おねがい……」
「……」
それ以上、陽は何も言わなかった。
多分、私が訳の分からないことを言って、陽の胸にしがみついて、泣きじゃくっていたからだと思う。
もう一人の人物も、何も、一言も言葉を発さなかった。
聞こえるのは、夕暮れ前の空を切る、風の音と、私の泣き声だけだった。
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