夏の月に陰

 194.

暗い部屋に戻ると、眠っていたはずのミツキは起きていて、ベッドの端に腰かけていた。
閉めた窓から漏れる雨音が、静かな部屋に鳴り響いている。

「えへへ……。起きちゃった」

小さく肩をすくめて、ミツキは困ったように笑った。
ぽってりと腫れた瞼が、痛々しい。

「そっか。横になってていいんだぞ。どこか、痛いとことか……」

「ううん……。大丈夫」

「……そっか」

俺が近づいて椅子に腰掛けると、ミツキは、すっ、と視線を床に落とした。
どういう訳か、ミツキは、先刻から俺とあまり目を合わせようとしてくれない。
最初は避けられてるのかと思って焦ったけれど、どうやらそういうことでもないらしい。

「雨、降ってたんだね。気付かなかった……」

それにミツキは、あの連れ去られていた間のことを、俺たちに何も話そうとしない。
いくら尋ねてみても、ミツキはいやいやと首を横に振り、目に涙を浮かべるばかりだった。
……今もそうだ。
連れ去られた出来事とは何も関係のないことを言って、話を逸らそうとする。

「あのさ、ミツキ。俺……」

「陽」

やけにはっきりとした声で、ミツキは俺の言葉を遮った。
続ける言葉を無くした俺は、顔を上げたミツキの瞳を見て、思った。
…………ミツキは今、一体、どこを見ているんだろう、と。

「私、もっと色んなところを見てまわりたいの。この世界の、色んなところへ、行ってみたい……」

陽も一緒に、来てくれる?
そう言って、ミツキは笑った。
……俺に、それを拒否する理由なんか、ない。
ないはず、なんだけど。…………本当は、聞きたいこととか、言いたいこととか、沢山、あるけれど。

「……うん。いいよ」

俺が頷くと、ミツキはまた、笑ってくれた。
うつろに微笑むミツキは、ちょっと風が吹いただけでも消えてしまいそうで、俺は、今、窓が閉まっていて良かった、なんて変なことを考えていた。
いつの間にかすっかり更けた夜の空気が、暗い部屋を覆い隠していた。
それは少しだけ冷たくて、温かくて、妙にやわらかい空気だった。


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