夏の月に陰
195.雨は夜明け前に止み、朝になるとそこには涼しい青空が広がっていた。
「じゃあな、二人とも。元気で」
零、ナガアキと別れたのは、カノコタウンという小さな海辺の町だった。
ナガアキは研究の仕事で、この町に住むアララナントカ博士ってやつと会わないといけないらしい。
ナガアキは研究者だけれど、色んな所に行ったり人に会わなきゃいけない仕事だから、結構大変なんだな、と俺は思った。
「陽さんも、お元気で」
「……」
俺は二人に軽く手を振ったあと、直ぐにミツキと八里の元へ向かった。
意外とあっけない別れだった。まあライブキャスターがあるから、いつでも連絡は取れるんだけど。
そんなことを考えていた時だった。
「おい」
不意に肩を叩かれ、呼び止められる。
そこに立っていたのは、口をへの字に曲げて、しかめっ面で俺を睨んでいる、ナガアキだった。
……ナガアキのこの顔意外の表情を、俺は見たことがないんだけれど。
「貴様等がこれからどうしようが私の知ったことではないが、これだけは言わせてもらおう」
やけに神妙な面持ちで、ナガアキはかちゃりと眼鏡を上げた。
この癖も、もうしばらく見れないのか。
ぼんやりとそんなことを考えている俺に、ナガアキは、ぴしりと人指し指を向けた
「その府抜けた頭に、よく叩き込んでおけ。……いいか、ただただ互いを信頼し合い、共に歩むことだけが、最善ではない」
「……?」
ナガアキが何を言っているのか、何を指して言っているのか分からず、俺は首を傾げた。
するとナガアキは一つ息を吐き、呼吸を整えて続けた。
「この世で最も恐ろしいことが何なのか、貴様は知っているか」
この世で最も恐ろしいこと。
頭で復唱して、考えた。
いろいろなことが頭をよぎったけれど、すぐに答えは浮かばなかった。
「信じること」
いつもより低い声で、ナガアキはぼそりと言って、続けた。
「どんな間違いを犯していても、悪でも、それを信じる心があれば、その心にとっては、正義になる。……正義に、なってしまう」
今、きっとナガアキは気付いていない。
自分か今、どんな顔をしているのか。
「盲目的に信じるな。疑え。大切なものを守りたいなら、大切なものに心があるのなら、その心も、疑え」
真摯に話してくれるナガアキだったけれど、残念ながら、俺にはよく、その意味が分からなかった。
少し考えてみたけれど、難しい。
分かることが、できるだろうか。
これから分かるように、なるのだろうか。
「うん……。覚えておくよ」
そう言って、俺は再び踵を返した。
これから俺たちが目指すのは、ヒオウギシティ。
まずはここカノコタウンから海を北西に横断し、ヒウンシティへ向かう予定だ。
ヒウンシティへは、八里が連れて行ってくれるのだという。
「陽、早くー!」
大きく手を振って、ミツキが俺を呼んだ。
これから出発する青い空は、静かに、とても静かに、晴れ渡っていた。
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