夏が終る日

 215.

私を呼んだ彼の声は、普段の声と少し、違っていて、ひどくおそろしく、優しい声だった。

「ミツキ、聞いてほしいんだけど」

「……」

「……ミツキ、泣いてるのか?」

ぶんぶんと首を振る。
頬を伝う涙がぽたぽたと落ちて、白いシーツを濡らした。

それを見た陽は困ったように笑って、私の両手を、自分の手で覆った。
そして顔を、お互いの髪が触れそうになるほど、近づけて、彼は話し始めた。

「ごめんな。俺、今まで何も気付かなくて。ミツキにばっかり、辛い思いさせて」

また首を振る私に、彼は、握る手に力を込めた。

「ミツキ。俺、思ったんだよ」

彼の吐息で、髪が揺れた。

「俺、ミツキに出会うまで、生きることを諦めてたのかもしれない。……このまま罪人として生きていても、しょうがない、って。……俺さ、森の追手から逃げるって決めたとき、思ったんだ。罪を犯した代償として、罰を受けても、きっと俺は昔の俺には戻れないんだろう、って……。森の奴からは敬遠されて、ずっと一人で、生きていくんだろう、一番の友達だったやつとも、もう…………元には、戻れないんだろう、……って」

彼の息遣いが、ずっとやさしい。
それなのに、こんなにも近いから、とてもよく聞こえた。

「でも、ミツキと出会って……、俺、生きるのが楽しくなっちゃったんだ」

陽は静かに、ずっと、微笑んでいるみたいだった。
それはまるで、泣いている子供に、何かを言い聞かせているようだった。

「俺、ダークライに会ってからミツキと出会うまでの記憶、あんまり無いんだけど……。ミツキと出会ってからのことは、俺、よく覚えてるよ」

ゆっくり、ゆっくりと、彼は続ける。

「見える世界がさ、変わったんだ。ミツキと出会って、景色も、聞こえる音も、出会う人も、ポケモンも、何もかも。……こんなにいろんなものが世界にはあったんだって、思ったんだ」

陽が、うつむいた私の顔を覗いて、目を合わせようとしているのが分かる。
けれど泣いている私には、彼と目を合わせるなんて、できない。

「それで俺、分かったんだよ。あのときの俺が、生きていた理由が。…………俺の、生きる意味が」

陽が手に、力を込めた。
…………陽の、生きる意味…………?

「そう。…………俺の生きる意味は、ミツキと一緒に生きることだったんだ」

息が、とまった。

「だから俺、これからもずっと、ミツキと一緒に生きていたい。たとえ別の世界に居たとしても、同じ景色を見れなくても、話せなくても、俺、ミツキと一緒に生きていたい。…………本当の世界に居るミツキが、本当のミツキが、ずっと眠ったまま、何も見ずに、何も聞かずに、誰とも話さないまま、一生を過ごすなんて……。俺は、悲しいよ。…………だからミツキ」

彼の指が、私の頬に触れた。

「俺と一緒に、生きてくれないか」

彼の指に、私の涙が伝った。
その先を追うと、一瞬、彼の顔が見えた。
その表情が、あまりにも優しかったから、私はまた泣いてしまって、視界を失った。

「なあ、ミツキ」

再び目を瞑る私に、陽が声を掛ける。

「返事、ほしいんだけど」

ぼんやりと、こちらを覗き込む陽の様子が分かった。
返事……?
返事なんて、もう決まっている。
そんなの、もうとっくに分かっていた。

でも私、ずっと自分の気持ちに、気付かないふりをしていたの。
少しでも長く、貴方の隣に居たくて。
少しでも長く、貴方の笑顔を見ていたくて。

だからほら、今、こんなにも悲しい。
涙が溢れて、とまらない。

さみしい。
さみしいよ、はる。
まだ、まだまだまだずっと、私、あなたと一緒にいたい。
まだあと少し、少しでいいから、時間をちょうだい。
あと少し。あと、もう少しだけで、いいから…………。





唇に、なにか、あたたかいものが触れた。





「返事、聞かせてくれよ」

掛かる息が、近かった。

「早く言ってくれなきゃ、もっかいするからな」

*****


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