夏の白い人

 43.

「もう皆、大げさなのよ。いいじゃない、あたしが一般のお客さんと一緒に観ても! ねぇ、ミツキちゃん!」

そう言って、世紀の大女優、カルネさんは私の背をぺしぺしと叩いた。
痛くは無いけれど、恐縮してしまう。
カロス地方のリーグチャンピオンにして大女優、などという凄い肩書きを持つ女性が、こんなにフレンドリーな人だとは思わなかった。

ここは、トーナメント会場の観戦席……、特別優待観戦席だ。
本来ならお金持ちや著名人がいるべき所に、私は何故いるのだろう…?
しかも、隣には世界的大スターの、カルネさん。
カルネさんもアーティさんと同じく、変装の為なのかサングラスとマスクをしている。
しかし、その頭には純白の女優帽をかぶっており、この場から浮いている事に変わりは無い。
今の所、この人物がカルネさんである事に気付いている人は居ない様だが…。
そんな彼女はボディガード達へ、しっしっと手で仰ぎ一瞥する。

「もう、いつまでそこにいるのよ。さっさと行ってちょうだい! 目立っちゃって仕方ないわ」

そう言うと、彼女は白く長い腕と足を組み、大きな背もたれにどかっと身体を預けた。
こんな高慢な態度でさえ絵になる様に見えるのは、やはり彼女が女優だからだろうか。
一方、さっきから心配そうに見つめるスーツ姿の男達は、共に顔を見合わせた。
黒いサングラスで見えないが、その眼は不安を隠せずにいる。

「いや、目立つのはおねーさんのオーラとか、そういうんだと思うなぁ……」

もっともな意見を呟いた陽だったが、その声は会場内のざわめきに掻き消された。
私も陽に同意見だが、その言葉が彼女に届かなくて良かったとも思った。
まったく、陽は恐いもの知らずだ。いろんな意味で。

彼女……カルネさんは、プレミアムチケットにて招かれた一般トレーナーである私の話を係員から聞き、共にトーナメントを観たいと強く所望したのだとか。
何故そんな事を思ったのか訊くと、ただ単に私と話をしたかったからだと言う。
……浮世離れした人の願いは、よく分からない。
私は思わず、そんな考えが表情に出てしまったのかも知れない。
カルネさんはふふふと笑い、嫌な顔を一つも見せずにこう言った。

「こうやってフツーにおしゃべりすることって、中々できないじゃない? だから、貸切の席であなたみたいなトレーナーに出会えて、本当に良かったと思ってるの!」

彼女が本当に喜んでいる事は、彼女の表情や身振り手振りでよく分かる。
手足をぱたぱたと動かし、大きな瞳はきらきらと輝いている。
私よりも年上の女性なのだろうが、その笑顔はまるで幼い少女の様だった。
その姿はポケモントレーナーでも女優でも無い、ごく普通の、どこにでもいる、おしゃべりが好きそうな女性だった。


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