夏の白い人

 46.

千文の崖も、己の持ち様心一つ。
そう言ったのは平安末期の武将、源義経だったか。

「凄いわね、あのアーティってトレーナー」

カロスのチャンピオンが思わずそう呟く程なのだから、アーティさんのその強さは間違い無いのだろう。
あれだけ彼を毛嫌いしていた陽でさえ、先程から黙々と試合を観戦している。
やはりジムリーダーとは、相当な実力を持った者の事を言うらしい。

アーティさんが率いる虫タイプのポケモン達は、フウロさんの持つ飛行タイプポケモンに不利な相性だ。
相性とはポケモンバトルにおいて重要な様で、同じポケモンの同じ技でも、対する相手のタイプによりその威力は大きく異なってくる。
更に言えば、虫タイプのポケモンは平均して耐久力が低いという。
強力な技を多く生み出せる飛行タイプのポケモンを相手にするとなれば、苦しい戦いを強いられる事は必然なのだ。

そんな戦況の中、アーティさんは至って平然としていた。
いつもの、のんびりとした口調でポケモンへと指示を出す。
試合の前半こそ、やる気が無いんじゃないか、と陽は言っており私もそう疑っていたのだが、それは違う様だ。
あの飄々とした態度は、どんな状況下でも変わらないらしい。

「貞女(サダメ)、攻撃指令」

落ち着いた声で命令を下すアーティさん。
それを聞いたポケモン……人型の蜂の様な姿をした彼のパートナーは、フィールド上を優雅に舞い、その両手を大きく広げる。
すると、その下肢に広がる蜂の巣らしき穴から、小さな無数の影が現れた。
今までその身体に入っていた事が疑わしい程の、大群だ。

「ああっ! 兵太(ヘイタ)ぁ!!」

その影達はフウロさんの巨大な鳥ポケモンをあっという間に包み込み、宙に浮かぶ黒い塊となった。
その塊は徐々にその蠢きを弱らせ、同時にその高度を下げていく。
兵太という鳥ポケモンが、じわじわと苦しめられている事が見て取れる。

「虫タイプの技だから効果は低いけれど、さっきの毒が効いているみたいね」

ウォーグルがまるで抵抗できていないわ、とカルネさん。
さっきの毒、とは試合開始直後にアーティさんが彼のポケモンに命じた、どくどくという技の事だろう。

「俺、絶対にアーティとは戦いたくねぇ……」

そう呟いた陽の顔は、彼自身が戦っている訳でも無いのに疲れ切った表情をしていた。
これはタイプ別の相性を持ったポケモンの、悲しい性なのだろう。
その苦しみは分からないが、思わず同情してしまう。

徐々に降りてきた巨大な黒い塊はやがてフィールドの地に着き、黒い影達は一匹残らずその巣へと帰っていく。
残された鳥ポケモンは最初に見た雄々しく煌びやかな姿とは比べものにならない程、煤けてぼろぼろになっていた。
もう立ち上がる力さえ残っていないのか、その羽根をぐったりと広げて、動けないでいる。
可哀想、などと無粋な事をこの場で言うつもりは無いが、やはり心配してしまう。

「ウォーグル、戦闘不能! ビークインの勝ち!」

レフェリーがその手に持った旗を上げる。
それに応えるかの様に、観客の歓声は会場内を大きく反響し、私達の身体の芯を強く震わせた。
会場の熱気は、まだまだ落ち着きそうに無い。


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