夏の白い人
47.「惜しかったよなぁ、アーティのやつ」
ぜってー勝てると思ったのに。
試合会場を後にして真っ先にそう言ったのは、意外にも陽だった。
「そうね、あの試合は本当に互角の戦いだったわ! タイプ不利が感じられなかったぐらい」
カルネさんも頷きながら、係員の後を着いて行く。
そう。結局、アーティさんはフウロさんに敗れてしまい、一回戦敗退となった。
因みにそのフウロさんも二回戦で惜しくも敗れ、優勝したのはソウリュウシティのジムリーダー、シャガという人物だった。
「あのシャガってじーさん、すげえ強かったなぁ」
「あの厳格な雰囲気からは想像できない様な荒々しい攻撃…。凄い迫力だったわ!」
興奮して試合の余韻を楽しむ二人の会話を、私は静かに聞いていた。
先程の陽では無いが、私は試合を観ているだけで疲れてしまったのだ。
「ふふ。新米トレーナーのミツキちゃんはこんなに良いバトルを連続して見る事が出来て、お腹一杯になっちゃったのかしら」
「あ、ダメだぞミツキ。飯は腹八分目が一番いいんだからな」
そんな私をカルネさんはからかい、それを聞いた陽は本気なのか冗談なのか分からない心配をしてくる。
可笑しくて、笑いながら応えた。
「そうね。私、胃もたれしちゃうかも」
そう言ってお腹をさすると、カルネさんが何か思い出したかの様に両手をぱちんと鳴らす。
「そうだ! もたれた胃に優しい、いいハーブティーを淹れてくれるお店を知っているの! 良かったら、一緒に行かない?」
この人は、自分が只者で無い事を自覚しているのだろうか……。
彼女の様な著名人が、そんなに軽いノリでハーブティーを飲みに行こうと一般人を誘って良いはずが無い。
そんな事を心配する私を他所に、すっかりはしゃいでしまっているカルネさん。
リーグチャンピオンに女優業、各仕事をこなしていく中で、彼女が我慢している事は多いに違いない。
華やかな世界で生きる為に課せられた制限は、一体どれほど本来の彼女を押し留めて来たのだろう。
その枷が外れた今、文字通り舞い上がって満面の笑みを浮かべたカルネさん。
そんな彼女に、係員がとても言い辛そうに告げる。
申し訳ございません、そう深々と頭を下げて。
「カルネ様、お連れ様がお待ちでございます……」
その先には試合前、カルネさんにあしらわれたボディーガード達がいた。
ボディガード達の姿を確認したカルネさんは、あからさまに嫌そうな顔をしている。
せっかくの綺麗な顔が、台無しだ。
「どうして謝るのよ。あなたがそんな事をする必要は無いわ」
ごめんなさいね。
そう言って、係員の頭を上げさせる。
「……もう。分かったわよ」
溜め息と共に吐き捨てた言葉に、先程までの精気は無かった。
そこにはリーグチャンピオンにして女優業をこなすスーパースター、カルネの姿があった。
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