夏の夜と彼
5.街に入り、完全に覚醒した私に更なる不安が舞い込んだ。
「この街だろー? 俺も苦手」
今の今まで黙っていた青年が、急に話し始めた。
急に現実に引き戻され、私は驚いてしまった。
何なんだ、一体。
「ここから東の橋を渡ってすぐにさ、何かぶっそーな街があるんだ」
「へぇ、そうなんですか」
「そう。だからこの辺りにもヘンなやつらがいっぱいいるんだよ」
見たところ、この街は随分と栄えている。
遊園地やスポーツスタジアム、ミュージカル劇場…。
その他にも様々な商業施設が建ち並んでいる。
しかし、きらびやかな世界の隅には、必ず影が出来るものだ。
「こんな街で、おねえさん一人じゃあぶねーよな」
「そう。だから取り敢えず……」
「とりあえず?」
「安全に眠れるところを探しました」
「うんうん、なるほどな。確かに、おねえさん一人でこの街で一晩過ごすなんて、何されるか分かったもんじゃねえよな」
いっそのこと、森に帰って野宿した方が安全だよな。そう言って、けらけらと笑い出す。
何を言い出すんだこの人は。人の気も知らないで。あんな森、二度と入りたくないと思っているのに。
「ああーわりぃわりぃ。ははっ、にらむなって。ごめんな」
笑いながら謝られても、だ。
「でも、それでよくポケセンに辿り着いたよな。こんな丁度いいとこ、他にないぜ?」
「人に訊いて回ったの。……女性に。片っ端から」
「へぇ。度胸あるな」
「こんな恰好で、今更よ」
そう言って、自分の姿を見下ろす。
泥や葉で汚れ、色々な物に引っかかってずたずたになった薄いルームウェアに、傷だらけの四肢。
髪はぼさぼさで、顔も疲れ切って老け込んでいることだろう。
そんな私の姿を、奇異の目で見てくる人は少なくなかった。
「でも、泊まれなかったろ。ここ」
「ええ。トレーナーカード? ……が必要なんですって。……何よ、あなた知ってるんでしょ。にやにやしないで」
「ええっ、そんな顔してたか、俺」
「してるわよ、ほら今も!」
びしっと彼の顔に人差し指を向ける。
人に指を指すのは無礼だというが、今はいいだろう。
この笑顔が憎たらしくて仕方がない。
こっちはこんなに困っているというのに、どうしてこんなに嬉しそうなんだ。
「あははっ。ごめんごめん。でもやっぱ、そうだよな!」
「何を言ってるの!」
「だから、俺のトレーナーになってくれればいいんだって! トレーナーカードが欲しいんだろ?」
prev / next
[ back ]