夏に潜む影
55.兵太さん達のいる町、フキヨセシティには、フキヨセ空港という空港がある。
町の西側一帯を占める巨大な空港だが、そこは主に貨物機で空輸するための空港である。
もちろん旅客機が行き来することはあるが、その便の数は圧倒的であるらしい。
その空港に先日、プライベートジェット機などという特例で降り立った人物がいたという。
そう、カルネさんだ。
「最初は俺も驚いたさ。でもまぁ、仕方ねぇよなあ」
ここイッシュ地方とカルネさんの住むカロス地方は、海を挟んで遠く離れており、行き来するには空の便を使用しなければならないという。
しかしフキヨセ空港の数少ない一便に、超大物有名人であるカルネさんが乗るとなれば、彼女のファンや野次馬で混乱は避けられないだろう。
そこで、カルネさんは自分の素性を隠したまま、わざわざプライベートジェット機に乗って現れたのだという。
もちろん世間にいつ、どこへなどという情報はカロスにもイッシュにも、フキヨセにも公開されていない。
だから、フキヨセの人々はその見慣れないジェット機に唖然としていたという。
どこぞの金持ちがやって来たのか、と。
「まぁ、せっかく遠い国からえらい客がやって来たんだ。歓迎一つしねぇってのは野暮なもんだろう? だから空港のお偉方と町長らで、簡単にご挨拶をしたんだ」
その中に、フウロもいたんだぜ。
そう言って、兵太さんは笑った。
流石はフキヨセシティのジムリーダー、フウロさんだ。
そういった行事にも呼ばれるなんて。
とても、こんな所で酔い潰れている女性とは思えない。
あれ……? でもさっき、フウロさんは……
「私の事、凄く羨ましがってましたよね……。カルネさんに会っちゃったんでしょうって、どんな話をしたのって」
「そりゃあ、歓迎って言ってもお堅い挨拶をし合っただけだったからなぁ……。あれは会って話したなんて、言えねぇなぁ」
「あ……。そうなんですか」
てっきり私の様にフウロさんも、カルネさんと対談したのかと思った。
しかし、よくよく考えてみれば分かることではないか。
フウロさんも、カルネさんと同じく地位があり、立場があり、制限があるのだ。
すぐに気付けなかった自分が恥ずかしい。
きっとフウロさんはカルネさんに憧れる一人の女性として、彼女へ伝えたい事が沢山あっただろう。
伝えきれなかった事が、沢山あっただろう。
綺麗ですね。素敵ですね。応援しています。頑張ってください。また会いたいです。
一体、彼女はその立場に縛られながら、何をカルネさんへ伝えられたのだろう。
どんな表情で、会えたのだろう。
「ごめんなさい。私、無神経な事を……」
「あやまるこたぁねぇよ。お嬢さん」
……お嬢さん、なんて慣れない呼ばれ方をされて、つい顔を上げる。
すると兵太さんは、はっはっはと豪快に笑った。
「俺なんかに照れなくてもいいじゃねぇか。そういう顔は、坊主の前でしてやれ」
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