夏に潜む影
57.白鳥の様な美しいポケモンは、その両翼をばさりと広げた。
大地を蹴り、太陽へ向け上昇する準備を整えている。
その見事に空へと舞おうとする姿は、……残念ながら、今の私には分からない。
「きゃあああああ!」
「ミツキーーーー!」
「もー、まだ飛んでないのに。二人とも、大げさだよー!」
だって、だって。
フウロさんには分からないかも知れないが、私はこんな恐ろしげな事、今まで体験した事は一度も無い。
必死で震えを堪えていると、身体の下からくすくすと言う笑い声が聞こえた。
「ふふ、大丈夫ですよミツキさん。……しっかり捕まっていてくださいね」
ぐっと高度を上げ、青空へと向かって昇っていく私の身体。
ふわりと腹部が浮くような感覚。
足先はすでに地面から離れている。
身体を支えるベルトなんて無い。
落ちない為の命綱は、己の腕と、脚のみ。
「い、いやあああああ!」
眼下を覗くと、いつの間にか海の沖の方まで来ていた。
太陽に照らされた波が反射して、私の目を撹乱する。
なんて速さなの。
この背中から落下するなんて、陸でも海でも恐ろしい事に変わりは無い。
しかし、自分が海のど真ん中にいるという事が更に恐怖を掻き立てる。
お、落ちたくない……!
必死にその白く柔らかな羽毛に包まれた身体へと、四肢を絡ませる。
その様子に、再び苦笑する声が聞こえた。
声の主は、私にしがみ付かれながらも優雅に羽ばたいているポケモン…スワンナの雪解(ユキゲ)さんだ。
雪解さんは心地の良いしっとりとした声で、私に告げる。
「ミツキさん、私のパートナー、フウロの言っていた事を覚えていらっしゃいますか?」
「ひ……。い、いえ、ええと……」
思い出そうとするが、全く集中できない。
今は、自分の命を守る事で精一杯だ。
「少しだけ前の事ですよ。一度深呼吸をして、ゆっくりと思い出してみてください」
そう言われ、私は震えながらも大きく空気を吸う。
潮の香りが、鼻腔をくすぐる。
何だか、少し落ち着いてきた。…気がする。
大体、どうしてこんな事になってしまったのだろう。
事の発端は、今朝。
私は雪解さん、それに兵太さんのパートナーであるフウロさんから、一緒にポケウッドへ行こうと誘われたのだった。
……大空を飛ぶ、鳥ポケモンに乗って。
そんな無茶な。
そう全力で拒否したが、フウロさんは腰に手を当てて笑い、こう言ってのけた。
「大丈夫! この大空で風を感じるのって、とぉーっても気持ちいいんだから!」
フウロさんは満面の笑みでそう言っていた。
しかし、今の状況ではそんな事など感じてなどいられない。
少し、溜め息が出てしまう。
そこで、ふと気付いた。
……もしかして。
「もしかして、風を感じろ……、とか?」
「そう! そうですよ! さぁ、もっと身体を起こして! 私と一緒に、気持ちの良い海風を感じましょう!」
雪解さんが羽ばたき、その高度をぐっと上げる。
ちょっと待って欲しい。
これは、つまり、そういうことだ。
「む、む、無理ですよぉー!!」
私の悲鳴に似た叫び声は、駆け抜ける風にさらわれてしまった。
ああ、早く陸に上がりたい。
陸に上がって、早く、陽の所に帰りたい……なぁ。
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