夏に映る姿

 62.

ふぅ、と口から優しく息を送ると、きらきらとした虹色の玉が膨れる。
一定の大きさに膨らませ、息を止めると自然に空中へと飛び立っていく。
一つは空へ、一つは地面へ、一つは歩いていく人々のそばへ。
少しずつだがその数は着実に増えていき、私たちの周りにはもうすでに沢山のシャボン玉が宙を舞っていた。

「あーあ、残念だったなぁ」

「あんなの、当たる訳ないでしょう?」

そう。やはりというか当たり前というか、あのペア宿泊チケットとやらは当たらなかった。
もう一回やるかと訊かれ陽は乗り気でいたが、こういう事はきりが無いので私が制止した。
500円で当たったのは、このシャボン玉セット。
割と大容量のシャボン玉液と、様々なシャボン玉を膨らませる道具たち。
私が使っているのはストロー型のスタンダードなものだが、陽が持っているのは巨大な団扇の様な形で、空中を扇ぐと複数の巨大なシャボン玉が現れる。
シャボン玉を膨らませるのにはある程度大きく動く必要があるらしく、先程から陽は立ち上がって身体全体を使って扇いでいる。

その姿が滑稽なのか、ただ単にシャボン玉につられてなのか分らないが、道行く人が時折こちらを眺める。
さっきは見知らぬ少年が物珍しそうにこちらへやって来たので、大きな水鉄砲の形をしたおもちゃを分けてあげた。
トリガーの部分を押すと、連続して小さなシャボン玉が飛び出す仕組みのものだ。
水鉄砲であれば恐らく水を入れるであろう所に原液をたっぷりと入れてあげると、少年は喜んで礼を言い、去って行った。

「こけるなよー! 人にむかってやんなよー! あ、まちがって吸っちゃダメだぞー!!」

そう言って、陽は少年を見送った。

「陽じゃないんだから…。それに、口に入れなくていいタイプだから心配ないでしょう?」

「あ、そっか」

苦笑いをして頭を掻く陽。
驚く事に、陽はシャボン玉の存在自体を全く知らなかった。
まあ今の時代、シャボン玉なんて誰も遊ばないのかも知れないが。

「すげぇ苦いのに、キレイなんだよなぁ、これ」

目当ての景品では無かったものの、陽は気に入っている様子だった。
シャボン玉なんて私も久しぶりだったが、改めてやってみると思ったより楽しい。
大中小様々なシャボン玉があちこちを飛び回っているのを見ていると、時間を忘れてしまいそうだ。

「吸っちゃうからいけないんでしょう? 最初に言ったじゃない、吸ったら駄目って」

「だって、ダメって言われるとやってみたくなっちゃうだろー」

「何よそれ……」

はぁ、と溜め息を付く。
陽はその文字通り苦い経験から、ストロータイプのものは使わなくなった。
さっきから団扇型や鉄砲型のものばかり使っている。
まあ、別にいいのだけれど。
早くシャボン玉液を無くすにはこちらを使った方が早そうだ。

私達は一応旅をしている身なので、手荷物はなるべく少ない方が良い。
シャボン玉など、持っていても邪魔になるだけだ。
もちろん飽きたら捨てても良いのだが、……なんだか勿体ない。
そんな時、突然陽が私の手からストロー型のそれを抜き取った。
何を、一体……。

「もっかいだけ。再チャレンジ」

そう言うと、彼はストローをぱくりと咥え、ふぅ、と息を送った。
小さなシャボン玉が生まれ、宙へと飛んでいく。

「……」

「やっぱこっちの方がいいなあ。ちっせぇしちょっとずつしか作れねぇけど、こっちのが俺が作ったんだー、って思えるよな。なぁ」

「……」

「おい? ……どうしたんだ?」

「陽の……」

「え!? わ、やめろミツキ! それは」

「陽の馬鹿!」

もう一つ残っていたシャボン玉鉄砲の銃口を陽へ向け、引き金を引く。
先程の少年には見せられないが、今回は例外として許してもらおう。

「うわあああああ?!」

陽の断末魔が、海辺の広場に響き渡る。
道行く人の視線がより一層多くなったのは、言うまでも無かった。


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