夏に映る姿

 67.

ふと、昔どこかで読んだ話を思い出す。

その筆者である男性は、突然に見舞われた土砂降りの中、あるバス停で雨宿りすることにしたという。
ずぶ濡れになりながらバス停へ駆け入ると、そこには一人の先客がいた。
詳しくは覚えていないが、確か高齢の女性だったはずだ。
二人は挨拶をすることもなく、同じバス停の下へ身を寄せた。
男性は濡れた身体を拭きながらも、どことなく居心地悪く感じていたため、ふいに女性へと声を掛けた。

「雨、止みませんね」

何気ない、当たり障りのない、ごく普通の言葉だった。
その言葉が静かに空気を渡った後、女性はしっとりと、こう言ったという。

「私が今まで生きてきた中で、降る雨が止まなんだことは、一度もございません」

私は、この女性の応えが、酷く嫌だった。
女性が何故こんな返事をしたのか、私には理解できなかった。
雨がいつか止むことなんて、誰でも分かっている。
それでも延々と降り続く雨に、私達はいつの間にか、不安を抱いてしまうのだ。
だから、共に雨宿りをしている隣人に、声を掛けた。
同じ気持ちを、返してほしかったのだ。
そうですね、と、ただ一言。
それだけなのに。

ただ、筆者本人はこの女性の一言にとても感心したらしく、自分はなんと愚かな事を呟いたのだろうと綴っていた。
……受け取り方も感じ方も、まあ人それぞれなのだろう。
しかし、私はそんな返答はあまり欲しいとは思わない。
私だったら、もう少し柔らかで、温かなものが欲しい。
寒いと言い合う言葉が温かいと言ったのは、一体誰だっただろう。
私が言いたいのは、多分そういうことだ。

ああ、何だか急に寒くなってきてしまった。
四肢の先が、やけに冷えてきた。
こんな嵐の中、外へ出たままのお馬鹿な太陽は、まだ帰って来ていない。

「雨、止まないなぁ」

再び呟いた私の言葉はさらりと空気に溶け、時間を掛けて消えてしまった。

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