夏の夜と彼
8.シャワーを浴びている間に、私の頭は覚醒し、物事を冷静に考えられる様になっていった。
あの青年は、一体何者なのだろう。
どうして私に、ここまで良くしてくれるのだろう。
あんな笑顔を向けてくれる人を、疑いたくないが…。
やはり、ここは騙されているのでは、と考えるのが普通だろう。
私は文字通り、着の身着のままなので、物盗りではなさそうだ。
私の命や身体が目当てだとしたら、私が眠っている間に、事は済んでいるはずだ。
ということは、後で多額のお金を請求されたりするのだろうか。
このままのこのこと部屋へ戻っては、危険なのだろうか。
いつもの二倍は時間を掛けて身体を洗い、私はシャワールームを出た。
さっきまで着ていた下着、彼から受け取った真新しいワンピースと靴下、スニーカーを身に着ける。
ぼろぼろになったルームウェアは、ロビーのごみ箱に捨てさせて貰った。
どうしよう。このまま部屋に戻らず、逃げてしまおうか。
そんな考えが脳内を横切り、俯く。
善意を素直に受け取れない自分が悲しい。
目に入ったのは、彼が渡してくれた赤いスニーカー。
少し大き目でぶかぶかしているスニーカーの色は、最初に見た時より鮮やかに感じる。
……そう。彼は私に靴を渡したのだ。
彼が何かを企んでいるとして、私が彼の立場だったとしたら。
私は、靴など渡さない。
わざわざ、逃げやすい様に靴を渡す必要は無い。
靴も靴下も、服もだ。
何も渡さず、シャワーを浴びてくる様にだけ促し、部屋に帰らせるだろう。
私は、彼の待つ部屋へと帰った。
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