夏の嵐の夜

 77.

病院ってのは、どうしてこうも白いんだろう。
昔っから、よくそう思ってた。
最近は洒落たデザインも多いけれど、それでもやっぱり、病院の雰囲気には慣れない。
まあ、元からある先入観とかが、そうさせてるんだとは思うけど。
やっぱ、注射かな。
あれだけは本当に、嫌いだ。

「どう思いますか」

御風に問われる。
はぁ、と俺は溜め息をついた。
さっきから、何回目だろう。
本当は、信じらんねえんだけど……。

やっぱり……って言っても、あんまり嬉しくないが、俺と御風の考えは一緒だった。
あいつは捨てられた。
もしくは、逃げて来た。
あの、ミツキとかいうトレーナーから。

嵐の中、御風の背中の上で、あいつは何度もその名前を口にしていた。
ずっと何か言っているとは思っていたけど…。
ああ、そう言えば、好きなんだったっけ。
あのトレーナーのこと。
二人のはにかむ顔が、脳裏をかすめる。

でもきっと、何かの歯車が噛み合わなかったんだ。
だから、結果的にこうなった。
あいつのあの姿を見て、俺も御風も、そうと考えずにはいられなかった。

もちろん、トレーナーと共に何かしらの事件や、事故に遭ったのではとも考えた。
こんな嵐の中だし、河川の氾濫や土砂崩れなどの、災害に巻き込まれたのではないかとも考えた。
そうなれば、あのトレーナーの身も危険であることは十分にあり得る。

しかし、それを考えるにしては、あいつはあまりにも外傷が少なすぎた。
所々、草木に引っ掛かった様な傷はあったが、そこまで大きな打撲の痕とかはみられなかったし、泥で激しく汚れているという事もなかった。
あの時に俺が分かったのは、あいつの身体が酷く冷えていたということと、雨と汗、そして、涙で顔がぐちゃぐちゃになってたってことだけだった。
精神的に、大きいダメージを受けている。
なんとなくだけど、そんな感じがした。
あんなに悲痛なポケモンの顔を、俺は初めて見たから。

何かの犯罪に巻き込まれた、という事も考えにくかった。
こんな嵐の中、皆がぴりぴりと警戒している時に何か事件を起こそうとは、あまり思わないだろう。

ただ引っ掛かるのは、あのミツキというトレーナーが、そんなに酷い人間には見えなかったってことだ。
ただ手持ちのポケモンを逃がすならまだしも、こんな嵐の夜に投げ出さなくても…なあ。
だから、御風は今、俺に問うている。
どう思うか、と。
はあ、まったく。
そんなの、俺だって分っかんねぇよ……。

ちょっとおどおどしすぎだったけど、まあ、普通の女の子だった。
なんか、歳の割にはやけに世間知らずな感じだったけど……。
でも、素直で話しやすい、礼儀の正しい子だった。
もしかしたら、いいところのお嬢サマなのかもしれない。
そんな子が、嵐の真っ只中に手持ちのポケモンを捨てたり、惚れていたポケモンが逃げ出したくなる様な事をするだろうか……。
もしかして、DV……とか?
世間で言う、殴る蹴るの暴力じゃないやつ。
今のところ、どっちが被害者か加害者か分かんねぇけど……。
うーん、流石に考えすぎか?

俺たちがここまで神経質になっているのには、訳がある。
何年か前の、あの事件。
あの出来事は、遠く過ぎ去った今でも、俺たちの記憶の中で静かに生き続けている。

悪い心っていうのは、良くも悪くも、しぶとく残るものなんだ。
深く、深く、刻まれて、染み込んでいく。
忘れられないように。
忘れないように。
忘れようと、しないように。


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