夏の影と陽
82.思い出した。
声は出なかったけれど、俺の表情から理解できたのか、御風はにっこりと笑って、再び椅子へと腰掛けた。
ようやく覚醒してきた頭で、自分が珍しく元の姿に戻っている事に気が付いた。
久しぶりの感覚に、脳みそやら神経やらが追い付いていない。
何だか、妙に安心する感じ。
……まいったな、これは。
「溜め息なんてつかないでくださいよ。若いのに」
そう言って、くすくすと笑われる。
お前、俺と大して歳は離れてねぇだろ……。
じじくせぇことを言うやつだ。
「ゾロアークだったんですね、君。ハッサムにしては、不思議な技を使うと思っていましたよ」
それはまあ、そうだろうな……。
目を瞑って、あの時のバトルを思い返す。
あれはまだ、ミツキと出会ってすぐの頃だったな。
「君の様な珍しいポケモンが、いつミツキさんのような初心者トレーナーと知り合ったのか、いささか気になるところですか……。それはまあ、置いておきましょう」
御風の声が、俺の頭に響いてくる。
「昨夜、何があったのかを教えて頂きたいのです。お願い出来ますか?」
薄く目を開いて御風の方を見ると、さっきまで笑っていた御風の表情はいつの間にか固くなっていた。
それは、できない。
力を振り絞って首を横に振ると、御風も俺に倣うように、眉根を下げて首を左右に振った。
ふざけてんのか。
そう言おうとしたけれど、やっぱり上手くしゃべれなかった。
御風の方から、口を開く。
「教えて頂かなければ、僕らは君を、ミツキさんに会わせてあげることが出来ません」
「な……」
小さく唸ったまま黙った俺に、御風が続ける。
「どうか、教えてください。お願いします」
とても聞き取りやすい、テノールボイス。
丁寧に頭を下げる御風に、俺はなんて返せばいいんだろう。
空調の効いた、風も無い部屋の中。
唯一空気を震わせていたのは、優しい口調で俺を諭している、御風ただ一人だけだった。
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