夏の影と陽
83.*****
ミツキというトレーナーは、俺が想像してた以上にパンチの効いた女だった。
いや、実際には平手打ちだったんだけど……。
まあ、そんな事はどうでもいい。
女のビンタなんて食らったことの無い俺にとっては、その痛みは計り知れない。
身体的にも、精神的にもヤバいだろう。
見てしまったこっちも、結構、ヤバい。
あれは……、痛そうだった。
ミツキは、俺のことをちゃんと覚えていた。
あの時はありがとうございました、なんて、礼まで言われた。
そんな、礼なんて言われることしたっけ…。
思い出す暇もなく、彼女は間髪入れずに、俺とジョーイさんにこう尋ねた。
陽を知りませんか、と。
陽。
恐らく、あのゾロアークのことだろう。
知っていることは間違いなくよく知っているのだが、今ここで会わせてやる訳にはいかない。
そう思い、一緒にいたジョーイさんと顔を見合わせた。
丁度その時だった。
御風から連絡があったのは。
ゾロアークから、少し事情を聞いた。
彼女が見つかったら、会わせてやってほしい。
そんな内容だった。
……別に、御風のことを信用してない訳じゃない。
あいつはしっかりした奴だし、人並みの道徳も身に付いてる。…多分。
とにかく、俺を裏切ったりだとか、そういうことは絶対にしない。
そう信じている。
だけど、……なあ。
どうして急にそう言うことになったのか、説明してほしい。
俺がそう言うと、御風は首を横に振った。
このことは、あの二人だけで知るべきことだったと。
自分は、知るべきではなかったと。
御風は悲しそうな表情で言った。
あんな御風の顔を見たのは久しぶりだったから、俺は少しアンニュイになってたのかもしれない。
ゾロアークのいる治療室へ案内された彼女…ミツキは、パートナーの姿を目にした途端、凄い勢いと剣幕で近付いて、彼の頬に強烈な平手打ちを食らわせた。
人の肌を叩く音とは違う、小さな鈍い音が、俺の鼓膜に届く。
慌てて止めに入るジョーイさんやタブンネを他所に、彼女はこう言い放った。
「どれだけ心配したと思ってるの!」
貴方だけの貴方じゃないの。
そう言って、彼女は黒い毛むくじゃらの身体に抱き付いた。
しばらく離れようとしなかったから、何となくだけど、多分、泣いてたんだと思う。
なんていうか、凄い女だ。
前々から、女ってのはよく分かんねぇもんだと思っていたけど。
でもまあ、お前はこういう女に惚れちまったんだろ?
なあ、ゾロアーク。
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