夏の影と陽

 85.

「貴方だけの、貴方じゃないの」

そう言うと、陽は少しだけ、顔を上げてくれた。
まったく、なんて顔してるのよ。

「うぬぼれかもしれないけれど、私ね、陽にとても大切にされてるわ。最近ね、よくそう思うの。それは嬉しいことだし、私はとても幸せよ」

陽の手の上に、自分の両手を置く。
大きな赤い爪が、ぴくりと動いた。
……自分からはすんなりとやってのけるくせに、どうしてこう、私がやるとこうなるのかしら。

「だけど同じように、私も貴方の事が大切なの。陽」

ぎゅ、と陽の手を握る。
ああ、温かい。

そう思っていると、ほんの少しだけ、陽が私の手を握り返してくれたのを感じた。
嬉しくて彼の顔を見上げると、そっぽを向かれてしまった。
なによ、もう!

何だか腹が立ったのと、少しの悪戯心が働いて、私はそのまま、陽の身体へ思い切り体重を預けた。
陽のうわあ!という声と共に、ポケモン用のベッドになだれ込む私達の身体。
ふふ、何だかアグレッシブになってるわね、私。
なんだか可笑しくて、笑ってしまう。

ああ、良かった。
陽が無事で、本当に。
目の前にある陽のお腹を、私は思い切り抱き締めた。
ふかふかとした彼の身体には、まだ少し、雨の匂いが残っていた。


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