女子祭り!
1会えるかもなあ、とは思っていた。・・・というか、会いたいと思ってわざわざ移動してきたのだ。ちょっと久しぶりの『大荷物』をダディに担いでもらってまで。
「・・・あら」
「あっ」
だけどまさか、本当に会えるとは。
目的の人物に遭遇したヒナは、問答無用で彼女を捕まえた。相手の予定を聞かなかったあたり、かなりの強引さがうかがえる。
しかも、彼女の相棒はヒナの仲間たちに無理矢理引きずられて行ってしまった。いくら彼が強かろうとも、1人で相手にするには人数が多すぎる。
ひらひらと手を振って彼らを見送り、ヒナは目を白黒させる彼女に向き直った。
「ねえ、男共にはとーっても目の毒なアソビ、しない?」
招かれて入った、ごく普通のポケモンセンターの一室。その寝室に、とても大きな人形があった。
ろくに説明もされず引っ張ってこられている道中、内心でずっと陽のことを気に掛けていたミツキだったが、これを見て思わず唖然とした。
こちらに背を向けているので顔はわからないが、腰まである長い黒髪や、たっぷりレースを使ったドレス、共布のボンネット(髪飾りの一種)など、とても凝ったものだということが分かる。
・・・しかし、ミツキと同じく旅をしているヒナたちが、こんな大きな荷物を持ち歩くだろうか・・・?
彼女が首を傾げている間に、ヒナはすたすたとその人形に近付き、何のためらいもなく声を掛けた。
「ラク、ミツキちゃんよ」
「・・・えっ!?」
ラク・・・ラク!?
驚くミツキを振り返って、ヒナは自嘲気味に笑った。
「ふふ、お人形さんみたいでしょ。顔見たらもっとそう思うわよ」
いつもと同じ顔色に、ほんのりと薄くのせられた化粧。ストレートロングのウィッグ。濃い緑を主色とした、膝丈のドレス。白いニーハイと、黒いエナメルの靴。
・・・驚いたことに、この格好自体はそう珍しくもないのだという。ヒナのわがままで、ラクがこの衣装を手作りし、ちょくちょく着ているのだそうだ。
けれど今日は、当人の様子がおかしかった。
ピンク系のルージュが塗られた唇をやわらかく閉じ、うつろに虚空を見詰めている。まばたきすら最小限で、背筋を伸ばして椅子に座った状態から、全く動く様子がない。
「ねえ、ラクちゃんどうしたの・・・?」
とはいえ、もし何かとてつもなく良くないものであれば、今隣にいるヒナがこんなに静かにしているわけがない。それを理解しているミツキは、おそるおそる彼女に尋ねた。
苦く微笑んだヒナは、静かに目を伏せて答える。
「今このこ、絶賛トラウマパニック中なの。・・・これでも本人は苦しがってる真っ最中なんだけど、周りが不安がると余計ダメみたいで。今のところ打つ手がないから、気を紛らわす意味もあって遊ぶことにしてるのよね」
言いながら、ヒナは青白い肌に触れた。白い指先が、するりと顔の輪郭をたどる。
顎までたどり着いたところで、くっと力を込めると、何の抵抗もなく顔が上がった。それでも、ゆるく閉じられた唇が開く様子はなく、とろりと濁った目が無意味に宙を映す。
「ね、完全に無抵抗でしょ。ケガしても声ひとつ出さないのよ。ホントに全然動かないの。されるがままよ、怖いくらいに」
しかもこうなってる間のことは、途切れ途切れにしか覚えてないんですって、とヒナは言った。
「嫌よねぇ、ほんと気が滅入るのよこれ。なのにこっちが暗い顔してると、何がどうなってるのか呼吸不全になるし。・・・それでもあんまり動かないから、一回気づかなくて倒れさせちゃった。馬鹿みたいよね。息しなくなっちゃうとか、生命維持にも関心がなくなっちゃったみたいよ」
「・・・ヒナちゃん・・・」
ラクの死角になる位置で、顔をしかめて話すヒナが泣きそうに見えて、ミツキは戸惑うしかなかった。何と声を掛けたらいいかが分からない。
そしてそれは、本人も自覚していたらしく。
ヒナはきっと顔を引き締めると、震えそうになる声を抑えて静かに言葉を紡いだ。
「泣かないわよ私。私はトレーナーとして、このこをちゃんと泣かせてあげないといけないんだから。あのね、最終的にはね、泣くのよ。このこ。ガラス玉みたいな目から、まっすぐ涙が落ちるの。・・・そうしたらお人形さんは終わり。いつものこのこが還ってくるわ」
だから、それまで。
「一緒に遊んでよ、ミツキちゃん」
「・・・あ、そういえば今日、ヒマ?」
ミツキが承諾した後に、ヒナが思い出して聞いた。これには苦笑を禁じ得ない。なんという今更感。
「大丈夫。目的はあるけど、あいまい過ぎて具体案が見つかってないから」
「そ。じゃあとりあえず着せ替えしてみる?1人だとちょっと大変だし、何よりつまんないし、ほかの男共はラク着替えさせるの嫌がるのよ」
「そ、それは・・・」
仕方がないのでは。だって、元々ラクは女の子な訳だし。今はどうであれ、ちょっとそれはためらわれるだろう。
それにしても、ヒナの荷物には、かなりの量の服があった。よく持ち歩けるなと思っていると、にまっと笑ったヒナが一言、「運搬役には困ってないから」。・・・メンバーが身内に甘い男ばかりだと、それも可能なのだろう。
「うわぁ・・・バリエーション豊富なのね・・・」
さすがに体型の問題でミニスカやタイト系は見当たらないが、アジア系からヨーロッパ系まで、様々な衣装が揃っている。そしてそのどれも本人の手作りというのがなんとも言い難い。
しかも。
「胸が無くても似合うのがすごいね」
「でしょ。補正してないで、よくやるわ。・・・でも和服は基本的に、補正が簡単にきくのよね。それで前に一回、花魁(おいらん)の格好させたら、これがまた物凄く似合ってて」
「え!?」
「まあ、あんまりかさばるから、一回しか着てくれなかったし、衣装もすぐさま本人が売り払っちゃったんだけどね。すごく高く売れたわよ、あれ。単に作りが凝ってるだけで、材料は安かったのにね」
「・・・それは・・・」
一回見てみたかったというか、なんというか。
思わず妙な顔になってしまったミツキに、どこからかヒナがアルバムを引っ張り出してきた。
「これよこれ」
「わ・・・」
きらびやかな衣装と、たくさんの簪。青白い肌に目元の赤い化粧が映える。
そして、アップやローアングルなど、写真の枚数も多かった。現状とは違い、この写真の中ではラクの表情はくるくると変わり、おそらくはヒナのリクエストと思われる『流し目』も、驚くほどきれいに決まっている。さすがの器用さである。無駄な特技という気がしなくもないが。
・・・そしてその中には、妙にきわどい写真まであった。
「・・・えっ、え、これ何!?どうしたの!?」
「どれ?・・・ああこれね」
まずミツキがぎょっとしたのは、大きくてごつごつとした非常に男らしい手が、ラクの顎を捕らえて斜めに押し上げ、無理矢理首筋を晒させている写真。
状況が理解できず焦るミツキに、ヒナは平然と説明した。
「この手ヒイロなんだけど、ちょうどこの時お酒入ってたのよね。あの子酔うといつも以上に無礼になるタイプで、いきなり寄ってきたと思ったら『この服どうなってんだ?』って。それでこういうことに」
「ええっ」
「それでいくとこの後がやばいわよ」
言葉と共に、ぺら、と無情にもページがめくられた。
「わああああっ!?」
「思わず撮っちゃったんだけど、とてもじゃないけど世間様には見せられないわよねー」
遠い目をして写真を見下ろすヒナ。
明らかに酔った様子でラクを押さえつけ、暴れるのをものともせずに着物を脱がそうとするヒイロ。よく見ようとしているのかラクに対して顔が近いので、余計に襲っているように見える。涙目でもがいている方の顔色が見事に青いのが、せめてもの救いだろう。これで赤だったら普通にヤバい。
「いつもだったらラクの方が力が強いし、一発殴って強制終了するんだけど・・・この服、ものすごく動きにくかったんですって。そのせいで、手も足もうまく動かせなくてこういうことに」
「これは・・・セーフなの・・・!?」
「本人たちが気にしてないからいいんじゃないの。ラクは、単純に力任せに引っ張られて痛かっただけらしいし」
涙目になっていた理由はそれらしい。・・・特に、まとめていた髪形を解かれ、長く垂れたウィッグを乱暴に鷲掴みされている写真では、肩まで着物を引き下ろされているわ、その状態でベッドにうつ伏せに押さえつけられているわ、散々な有り様。ラクが懸命に顔をひねり、背後のヒイロに向かって何やら必死に叫んでいるのが痛々しい。
「これウィッグはがされそうになってるんだけど、これが一番痛かったんですって。こんなに真面目に怒鳴ってるラクの写真、すごく貴重よ」
「あはは・・・状況がかなり・・・あれだけどね・・・」
もう笑うしかない。
「だからほら、最終的にはこうよ」
ぺら、とめくられた次のページには、いつも通りの髪に上半身裸、腰元に半ば解けた衣装を纏わりつかせたラクが、ヒイロの左頬に思いっきり拳を打ち込んでいる写真があった。背中側からの写真なので表情は見えないが、見事に張った背と腕の筋肉からして、相当な力で殴っているのだろう。・・・初めて見る暴力的なラクにも驚くが、あの温厚なラクにこれだけの行動を取らせるヒイロにも驚く。一体どれだけやらかしたのか。
「ちなみにこの時、この横でソウが鼻血噴いて悶絶してたわ。あの子だけはラクのこと女の子と思ってるのよね」
「そ、それは・・・大変ね」
体が男だからともかく、普通に女の子だったら真面目にアウトだろう、これは。
ある程度写真を見終わった後は、自分で動くことのないラクの手を引いて、立ったり座ったりさせながら、衣装やウィッグを付け替えて遊ぶ。
これは?とかこういうのがあるよ、とか言いながら遊んでいると、不謹慎だが普通に楽しかった。
「うーん、やっぱ2人だと違うわねぇ。ラクがこの状態の時に初めて笑えたかも、私。・・・この調子だと、今回は早めに戻るんじゃないかしら」
「本当?」
それは良かった、と心底思って、ミツキの表情がぱっと綻んだ。ヒナも、笑って頷きを返す。
・・・と、不意にヒナの顔がいたずらっぽく歪んだ。
「それじゃあちょっと、ヒイロの真似してみようかなぁ〜」
妙に楽しそうにラクの手を引っ張って立たせ、椅子からベッドに移動させる。そして座らせた状態で、すこし力を込めて両肩を押した。すると。
「あらキレイ」
ぱたん、と後ろに倒れたラクのウィッグが、適度にうねりながら白いシーツの上に散った。やらかした本人の言う通り、きれいなものである。
「ふっふー・・・普段は恥ずかしがって触らせてくれないからね」
「それはダメなんじゃ・・・?」
ベッドに乗りあがって笑うヒナに、ミツキは苦笑した。まあ、『嫌がる』ではないから、いじめにはならないだろうが・・・自分だって、いくら同性とはいえ、人に素肌を触られるのはどうかと思う。
けれどヒナはそれを黙殺し、着せかえたたばかりの白いブラウスの首元から、赤いリボンタイを引っこ抜いた。いくつかボタンを外し、胸元の素肌にぺったりと掌を乗せる。
「あははっ、ヒイロと違って薄いわ、お肌が。きっと普段出してないからよね。ヒイロはこのへん、いつも出しっぱなしだからちょっと硬いのよ。・・・それにしても、撫でるとさらさらなのに、押すとしっとりしてるから不思議」
うきうきと感想を述べながら、無抵抗な相手の胸元をまさぐる姿は・・・正直かなり目の毒。
「あの、見てる方がいたたまれないんだけど」
「じゃあこっち来たら?気持ちいいわよ」
どうしろと。
でも興味がない訳ではないので、もそもそとベッドに乗ってみた。・・・間近で見れば見るほど、精巧な人形のように見える。
恐る恐る手を伸ばし、すり、と首元を撫でてみると、確かに適度な触り心地だった。というか、普段触っている自分の肌と近い気がする。ただ、それよりももっとこう・・・きめ細かいというか。確かにヒナの言う通り気持ちが良い。
「・・・ほんとに男の子なの?」
「あ、やっぱりそう思う?でもちゃんとあるわよ、下」
「!?」
予想外の発言にミツキはむせた。
突然咳き込んだ彼女に驚いた顔をして、一拍の後に、ああ、とヒナが補足。
「もちろんまともに見たわけじゃないわよ?ただ、今までに結構水着とか見てるから。布が薄いとその分ね」
まあ、それでも『それを意識して見ていた』ということで、ラクには充分怒られたが。
なんてことしてんの はしたない、と本気で叱られたので、あれはさすがに怖かった。
性格上、そのへんはきっちりしているのがラクだ。
ならば今のこれもどうなのか、と思うが、胸元や背までなら、べたべた触っても怒られないらしい。
「・・・まあ、怒られないってだけで、快く触らせてくれるわけじゃないけど」
「あはは」
なぜか不満そうなヒナに笑って、ミツキはラクの前髪を撫でた。そういえば、こうして髪を触るのは初めてだ。身長差のせいでどうしてもそうなるが、ウィッグではない本物の髪の毛はどんな感じなのだろう。
でも、何はともあれ。
「・・・それにしてもきれい・・・」
表情があるときは、どちらかというと『可愛い』とか『格好いい』とかの方だ。だから多分、これは無表情ならではなのだろう。
ついでに、造作で言うなら彼女の相棒である陽とて負けてはいない。しかしこの繊細なきれいさは、ラク並の線の細さがなければ出せないだろう。
・・・と。
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