女子祭り!
2「あっ」
何の前触れもなく、濁った目から眦にかけて、透明な滴がつるりと落ちた。それに気づいて、ヒナが「お人形遊び終了ね」と笑う。
その次の瞬間には、ぱち、と瞬きをして、うつろだった目に光が戻ってきた。つつ、と動いた眼球が、左右から覗き込む2人を認識する。
「・・・か、っ・・・っ?」
ずっと閉じていた唇が開き、言葉にならない乾いた音が、青白い喉から小さく漏れた。
「ああ、待ってて、水持ってくるから」
「ひゅぃ、っ」
こく、とだるそうに頷いて、細い体がころりと横向きになる。そのまましばらく辛そうに呼吸をしているので心配になったが、ミツキが声を掛けるより先に息を整えたラクが起き上がった。
「い、ら、しゃい」
「無理してしゃべらなくていいよ」
にへら、と疲労気味ではあってもしっかり笑って、ラクが律義に挨拶してくる。真面目だなあ、と苦笑したミツキだったが、コップを持って戻ってきたヒナを見るなり機嫌が急降下したのには、戸惑いを禁じ得なかった。・・・しかし、はだけていた胸元をしっかり仕舞いなおす様子からして、理由はなんとなく理解。
「はい水・・・なんで怒ってるのよ」
「だ、て、」
「あーいいわいいわ、もうわかった。先に水飲んじゃいなさいよ」
「・・・」
促されてコップを受け取って、ちまちまと小分けにして水分を摂取。・・・飲み込む時に目元が引きつる様子からして、結構喉が荒れているらしい。
半分ほど飲み進めて、ようやく痛みが緩和したのか、その後は普通に飲み切った。
ふう、と一息ついて。
「ねえヒナちゃん」
「なあに?」
「ヒナちゃんは家族だからともかく、ミツキちゃんはお友達だよね」
「そうねぇ」
「私思うんだけどね」
「何を?」
「外側だけとはいえ、私の体は男の子なんだよね」
「そうね」
「・・・お友達にまで触らすのはちょっとまずくないの」
「だめだった?」
「・・・」
「・・・」
簡潔に言い合って、2人は視線を合わせたまま沈黙した。そのまま1分近く動かなかったので、見守っていたミツキの方がおろおろしてしまう。
そして2人は同時に彼女の方を向き。
「「これってセーフ!?」」
「えっ!?・・・あ、せ、セーフ、かな?」
この『遊び』のことだよね?と思ったミツキは、うろたえながらもそう言った。
すると、片方がうなだれ、もう片方が歓声を上げる。
「面白かったわよね!触り心地いいしね!」
「う、うん」
「・・・私ほんとどうしよう・・・女の子に生まれてれば、いじくり回されたってぜんぜん平気だったのに・・・」
「不運」
「ヤメテ!」
相変わらずのコント調に、ようやくミツキは安堵した。そうそう、これがいつもの彼女たちだ。
ひとしきり言い争いという名のじゃれ合いを済ませ、ラクとヒナは改めてミツキに向き直った。
「ごめんね放ったらかしにして」
「いいよ、見てて楽しいから」
というか、それよりも。
「ラクちゃんって、素だとそういう喋り方なの?」
一人称が、俺ではなく私。言葉づかいも、いつもより中性的だ。
困ったように笑って、ラクは小首を傾げて見せる。
「うん。でもやっぱ、見た目とか声質とかがね・・・私自身が許せなくって、つい」
「でも違和感ないよ?」
「・・・それはそれでカナシイかな。男だって自覚もあるから」
「面倒くさいね」
「そだね。でも得だよ?力は強いし盾にもなれるし」
「盾っ!?」
きりっと表情を引き締めて言われても困る。
「こらラクあんたまたそういうこと言う!」
「あたっ!」
平然と言い放たれた言葉に、ヒナが反応して当人の頭を拳で殴った。避けずに当たったラクは、眉を寄せて「痛い」と呟く。
「うー、ヒナちゃんすぐ手が出るー」
「足も出るわよ」
「それはハシタナイ」
「あんたこだわるわよねえ、そういうの」
「だって可愛くないもん。ね、ミツキちゃんもそう思うよね?」
くる、とミツキに向き直って尋ねたラクだったが、彼女の思考は明後日の方に向いていたため、きょとんとされるだけで終わってしまった。不発。
「あ、ごめんね、ちょっとラクの口調について熟考してて」
「へっ!?」
「その・・・今の喋り方なら、一人称『僕』でもいけるなって」
「はっ!?」
「あらやだ面白そう。やってみてよ」
「やっ、やだやだやだ、なんでそうなんの!?僕っ娘とかサムいよ!?」
「寒くない寒くない」
「むしろ中間でいいかなって思ったんだけど」
「よくないっ!それ絶対混ざる!一人称が迷子になるぅぅぅ!」
楽しそうにじりじり迫ってくる2人に気圧され、ラクはベッド上を後退。
・・・その際、膝丈のチェック柄のスカートをちゃんと押さえているので、無駄にお嬢様っぽいというか、上品だった。動いていても膝同士が離れてしまったりしないし、今どきの女の子よりよっぽど女性らしい。しかもそれに全く違和感がなく、作った動作と言うにはあまりにもさりげなかった。つまりこれが本来のラクの動作なのだろう。なんせ、意識して見なければスルーしてしまうほどの自然さなのだ。
壁にぺったり背を付け、ベッドの上に横座りする姿。それは、これでも男なんですと言ったら、10人中10人が「そんなバカな」と笑うであろうレベルだった。
そのナチュラルな乙女っぽさに、2人は思わず無言で凝視してしまう。そのせいで、完全に引いていたラクの肩から力が抜けた。ノリノリだった2人がいきなり動かなくなってしまえば、まあそういう反応にもなる。
「・・・そういえばたまに、膝閉じて座ってるわよね」
唐突なこの言葉に、釣り目がちの赤目がくるりと丸くなった。
「え?・・・無意識になるとそうなっちゃうよ?え、なるよね?」
「「・・・」」
当然のように言われ、思わずその揃った膝に目が行く。確か、こうして膝をそろえるのには太もものダイエット効果が・・・。
・・・。
「宝の持ち腐れね」
「もったいない」
「なんでそんな残念そうッ!?」
額に手を当てて嘆かれて、ラクは涙目になった。だが、それもしかたない。ヒナの言葉ではないが、彼女が正しく女として生まれてこなかったがゆえの不運だ。もし女として生きていれば、まさしく姫のような可憐な美少女だっただろうに。
「うーん、どうにかできないものかしら・・・女の子になるのでも、女の子に生まれなおすのでもいいから、とにかく女の子に・・・」
伝説ならどうにかできるかしら・・・などと呟くヒナは、心底本気だった。不穏な気配を察したラクが、思いっきり体を震わせる程度には。
まあ、それはさておき。
「せっかく女ばっかりなんだから、まともにガールズトークしたいわね」
「今までのが方向性おかしすぎるんだよ」
「それはあんたのせい」
「理不尽・・・」
まあ、間違っていないので強くは言えないが。生まれた性別に関しては自分はなんとも。
あれから仕切りなおして、現在3人はテーブルについている。
ちなみにラクは着替えており、今は白いカッターシャツに紫系のストライプベスト、黒のカーゴパンツにブーツという普段通りの出で立ち。しかし、いつもの少年っぽい動作を意識していないので、どうしても格好いい系の少女という印象になる。男の割に顔立ちが甘めなので、余計に。
そしてテーブルの上には、ラクが淹れたミルクティーとお手製のクッキー。甘味というものは乙女の正義の1つである。
「さて。ガールズトークといえば」
手作りとは思えないクオリティのお菓子を口に放り込んで、ヒナ。
「恋バナよね!ミツキちゃん陽くんとはどうなってるのっ!?」
「!?」
勢い込んで聞かれて、ミツキは派手にむせた。涙目になって呼吸を確保しながら、必死に首を横に振る。
「ちょっ・・・違っ・・・陽とはそんな、」
「あらー恥ずかしがらなくていいのに。だってひとり+ひとりの旅でしょ?右も左も分からない迷えるお嬢さんに、懇切丁寧に対応してくれる紳士的な騎士!しかも強い!そんなのラブロマンスの王道じゃないの!」
「や、陽は騎士っぽくはないと思う」
思わず熱くなったヒナに、ラクが冷静に突っ込んだ。確かに、どちらかというと彼は騎士というより護衛役。
しかし、話題にされている当人としては、そういう問題ではないわけで。
「っ、もう!あれは子どもなの!そういう対象じゃないの!」
「でも好きっていう感情が全面に出てるじゃない?2人共」
「そ、それは、・・・す、好きは、まあ、好きだけど・・・でもあの好きは絶対そういうのじゃないから・・・!」
「あらそう?じゃあラクが陽くん取っちゃってもいいの?ブライダル的な意味で」
「「ええ!?」」
流れのままにいきなり、信じられない例えを引っ張り出されて、言った本人以外の2人が悲鳴を上げた。
「それはダメ・・・!」
「色んな意味でね!!」
か細い声で否定したミツキに対し、切実度が半端ないラクは大絶叫。
「ていうか陽がかわいそうでしょ!?あんまりだよ!?」
「そう?あんたいい嫁になりそうだけど」
「ありがとう!でも今はそういうのは一切いらないな!」
「・・・そっか。花嫁修業したくなったらラクちゃんに弟子入りしたらいいのね・・・」
「ミツキちゃんまでどうしたのっ!?」
恋バナはガールズトークだが、これはどちらかというと学生トークな気がする。おそらくは初っ端が異常だったせいで、普通にテンションと思考がおかしくなっているのではなかろうか。後になって思い出したらそのおかしさにも気づきそうなものだが。
「愛には年齢も性別もない、っていう意見もあるけどねぇ」
「愛じゃ性別の壁は超えられないよ・・・だって私卵産めないもん!」
「「!?」」
今度はラクの発言がおかしくなった。場の空気が否応なく凍る。
「たっ、たまご・・・?」
「? 卵だよ。ぽーけーもーんーのーたーまーごー」
「そ、っか・・・たまご・・・」
「何?2人共どうしたの?別になんもおかしくないよね?」
いや、確かに今のラクはポケモンなのだから、それはその通りだ。ポケモンは卵を産み、卵で生まれる。それは正しい。・・・正しい、が。
「こっ、これは複雑・・・!」
「同郷の女の子って思ってた分、ダメージが・・・!」
「え?え?」
実際のところ、本人にしてみれば『子供を産む』と大差ない認識なのだが、『人間の女の子』としては大幅に間違っている。これは彼女が何度も転生する中で割り切ってしまった感性なので、初めて遭遇したミツキたちが戸惑うのは仕方のないことだ。
彼女たちはしばらくどうしようもない感情と戦って戦って・・・最終的には脇に押しやった。つまり、話を微妙に方向転換する方へ持って行った。
「そっ、そもそも好みのタイプってどんな?私ははっきり物を言う人。あと、ざっくり付き合える人ね」
「私は・・・恋とかあんまりイメージが沸かないなぁ・・・ラクちゃんは?」
「え、私?そうだなぁ、多少強引でもいいから、ちゃんとリードしてくれる人がいいな」
空気を読んだラクは、ちゃんと会話をつづけた。
それに対し、ヒナが首を傾げる。
「あら、こないだ言ってたのと違わない?」
もっと細かかったわよね?と言われて、紫の頭が素直にこくんと頷きを返した。
「なんか、私の人生っていつも切羽詰まってて、正直恋愛とかあんま考えたことなかったから、ずっと理想を言ってたんだ。でもね、ヒイロたちと知り合って、すごく大事にしてもらって嬉しくて、あんまりいろいろ条件付けなくたって、みんなそれぞれいい人なんだなあって思ったから。私のこと本当に好きでいてくれるなら、こっちからつける条件はこのくらいかなあ、って」
・・・まあ、だからといって。
「っ、ヒイロ以外ならいつでもお婿さんにあげるからね!」
真剣にそんなこと言われても困る。
「いやそれはいらない」
トレーナーの言葉に真面目に断りを入れるポケモン。・・・先ほども言ったが、性別の差が愛で埋められるとは全く思っていない。リアリストのクールな発言だ。
苦笑気味に見ていたミツキだったが、一部引っかかる内容があったために、そこにさらに疑問を重ねた。
「ヒイロくんはダメなの?」
聞かれたヒナと、事情を知るラクは、一瞬視線を合わせた。・・・言ってもいいと思う?大丈夫と思う。よし。
「だってヒイロは私のだから」
「えっ!?」
はっきりとした断言に、ミツキが驚いた。
「それって・・・!」
「うん。この2人両想い」
「付き合ってはいないけどね」
「どうして!?」
ここの『一家』は非常に仲が良いので、好き合っているならすでに交際は始まっているのだろうと思ったのだが。
不思議そうな様子のミツキに、からっと笑いながら本人が答える。
「あのね、私も最初、どこともつかない場所に突然引きずり込まれてすごく不安だったの。でも、運よくいい人に助けてもらえて、その上パートナーにまで引き合わせてもらって。・・・それでね、あの子はアチャモだったけど、言葉が分からなくても理解できるくらい喜んでくれたの。右も左も分からない、異世界人の私をよ?いきなり旅に出るには渋られるくらい、本当にまだ小さくて、最初のうちは擬人化もできなかったのに・・・どんなに危なくなっても、優先するのはいつも私。だから私はいっつもあの子の背中ばっかり見てた。それに、擬人化して最初の言葉は『お前のことは俺が一生守る!』で、まるでプロポーズみたいじゃない?私よりコンパクトサイズのアチャモから、まさかそんな男前なセリフが出てくるとは思わなかったわ」
「その頃から一人称『俺』だったのね」
「そうよ。しかもほんとに有言実行。私の運も良かったのだろうけど・・・ほかのみんなが倒れても、あの子は、ヒイロだけは絶対に倒れなかった。どんなにふらっふらでも、私の安全が確保できるまでは、ね。その上成長すればするほど男前度が上がるし、あんなぶっきらぼうでも分かりやすく愛情表現してくるし、欲しい言葉もはっきり言ってくれるし、これはもう絆されるなって方が無茶でしょうよ」
と、そこまで言い切ってから、彼女の表情が苦笑に変わった。
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