夕方。
アパートに帰ると、美月はいなかった。スマホを確認すると、今日は遅くなるかもしれないと随分前に連絡が来ていた。
この板みたいな機械を扱う習慣だけは、未だに身に付かない。
キッチンには、今朝使った食器や野菜スープの鍋などが洗って乾かされている。
冷蔵庫を覗くと、中はほとんど何も入ってなかった。買い物に寄るべきだったな……と後悔して、俺はまたアパートを出た。最寄りのスーパーに赴く。
「今日はさすがに魚料理にするかな……」
献立を考えながらスーパーに行く途中、肉屋の店主がカウンター越しに声を掛けてきた。すっかり常連になっちゃってるんだけど、残念ながら俺は今日、魚料理にする予定なんだ……。
「むむむ、じゃあこの豚の細切れはどうだい? 魚料理の横に、豚汁を一杯!」
「うわ〜……。ほんと、商売上手いよな」
「へへ、まいどー! 取り置きしとくからな。スーパーの帰りに寄ってくれ!」
「ありがとー」
言葉の最初に感動詞が付きやすいのが、この店主の特徴だ。見た目はどう抗ってもデブおやじなんだけど、愛嬌も相まって近所の人からも好かれている。
さて、スーパーに向かうか……。歩を進めようとした、その時。
「あ、陽」
美月だ。スーパーで買い物してきたらしく、手には重そうな袋を抱えている。
あ、やべ。慌ててスマホが入っているポケットに手を掛けた。
「もう。やっぱり早く終わったから、買い物して帰るねって連絡したのに……」
スーパーの袋を受け取ると、そんな言葉が返ってきた。うう、ごめんて……。
「ははは。男前も、べっぴんさんの前ではたじたじだな」
「もう、からかわないで下さいよ! あと、べっぴんさんじゃないです!」
「はいはい、奥さん」
「お、奥さんでもないです! 行こう、陽! さよなら、お肉屋さん!」
「ふええ、おいちゃんフラれちまったよぉ〜」
泣き真似をする店主はめちゃくちゃ面白い。特に今日はいつも店先に居る奥さんがいないから、絶好調だ。
先程の豚肉を受け取り、先に行く美月を追いかける。
「じゃあな旦那、美月ちゃん!」
帰路に着く俺たちの背中に、店主が手を振ってくれた。
俺は手を振り返して、美月は会釈をした。
「今日は魚料理か?」
尋ねると、美月は笑いながら応えた。
「ふふ、そうよ。あれだけ肉続きじゃあね」
「俺は肉続きでもいいんだけどなー」
「そんなこと言わないで。それはそうと陽、あなたまたお肉屋さんからお肉買ったのね。何を買ったの?」
「豚の細切れ。豚汁にしようぜー」
「ううん……。いいけど、そんなに沢山入れないでね。残ったのは冷凍よ」
「はぁーい」
良かった。俺の豚肉は今日の食卓に並びそうだ。
今日、トラックのラジオで聴いた歌謡曲を口ずさみながら、俺は美月と手をつないでアパートへ帰った。
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