ペンローズの階段を降りる

 2.

「おりて。おねがい」

もっと手酷く蹴落とされるものかと思ったけれど、ノアという男の子はそう言って僕を適当な雑居ビルの路地に降ろしてくれた。
ノアは優しすぎるのよ!とブランは怒っていたけれど、僕はそれを無視して男の子に尋ねた。訊きたいことは沢山ある。

「君達は一体誰なの? あの強盗の仲間じゃないって言ったけれど、どうして僕の邪魔をするの?」

一息に尋ねると、二人は顔を見合わせた。
ブランがやれやれと傘を肩に掛けながら溜め息を吐く。

「それは教えられないのよ。さあ、さっさと帰るがいいかしら」

そう言われても、だ。

「ここはどこなの? 君達はここで一体、何をしようとしているの?」

「だから答えられないって言ってるのよ! いい加減分かってくれないかしら!」

きっと睨みつけるブラン。そして。

「あ……っ!?」

突然目の前の空間がぐにゃりと揺れた。それと同時に、二人の姿は見えなくなってしまっていた。
は、早い……。

「くそ……!」

急いで路地を出るが、当たり前の様に二人の姿は無い。
夜中にも関わらず人通りの多い此処は、僕のアパートからそう離れていない繁華街だった。
息を切らす僕に目を留める人さえ居ない。

「…………はぁ」

溜め息を吐いて、重い一歩を踏み出す。
疲れた。どうしてこんな疲れることしちゃったんだ。ついかっとなって相手につっかかろうとして、綺麗に逃げられ、挙句の果てには変な二人組に連れられて空中浮遊まで体験してしまった。自業自得とはいえ、あんな恐いことは二度と御免だ。
さあ、とりあえず家に帰ろう。いや、それとも先に交番か? 交番って、二十四時間営業なんだっけ? いやいやお店じゃないんだから、営業って言い方はおかしいだろうか。何にせよ、お巡りさんって大変だ……。あ、そういえば玄関の鍵、開けっ放しだな。流石に戸締りしないで飛び出したのはまずかったか……。
その時だった。

「がるるるああ!!」

「うわあ!?」

突然右の腿に襲ってきた痛みと衝撃。見れば僕の右の太股には大きなガーディが噛みついていて、後ろには数人の警官やガーディ達が待機していた。
え!? ……え!?

「見つけたぞ!! 確保! 確保ーっ!」

どかどかと周りを取り囲まれ、僕はあっという間に手錠を掛けられた。
て、手錠!?

「な、何なんですか急に!!」

繁華街の歩道で人目も気にせずじたばたと抵抗する。
警官はそんな僕を気にする様子もなく二人で僕をひょいと抱え、脇に付けてあったパトカーに押し込んだ。

「うわあ!」

「へっ。素人ぶってんじゃねえよ、犯罪者が!」

は、犯罪者……!?
僕がか!?

「な、何を言って……!」

「黙れ、このクソ怪盗団が!! ガーディの嗅覚に間違いはねえんだよ!!」

……怪盗、団?

「へっ。署に着いたら洗いざらい、たあっぷり吐かせてやるからなあ!!」

そう言って、警察官はがっはっはと大きな声で笑った。
どうしてそんな大きな勘違いをするんだ、この人たちは。僕は怪盗団なんかじゃない。ていうか、怪盗団なんて知らない。もし何かの事件に僕が関与しているのであるとすれば、僕の立場は確実に被害者であるはずだ。だって、強盗に遭ったし。空中浮遊もしたし。足、痛いし。
理不尽な状況に思考を巡らせている間に、パトカーは発進した。
繁華街のきらきらとしたネオンが見えなくなって程なくして、警官の一人が僕に声を掛けてきた。

「それにしてもお前、なんでそんなにぼろぼろなんだ? 怪盗団ってのはもっと……こう、身なりの整った奴が揃ってなかったか?」

知るか。そんなこと。

「確かになあ。それにあいつらはもっと、ハンサムな奴が多かった気がするぞ」

それは僕に失礼だろうが。

「なあ、お前」

「着いたぜ、お巡りさん方」

急に停まる車。ずっと黙っていた運転手の男が、こちらを振り向いた。

「そしておやすみ」

両脇の警官は、ぱたりと倒れた。


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