6. discharge to you.



discharge to you.




スコール煙る、夏の夜。

自宅の手狭なベッド、素面のふたり――二度目にして、初めての事。



「…………怖ェか」



あまりに弱い涙腺の仕業すら拭って下さる指を重ねて、その掌に口付ける。

私から贈る、ファーストキス。



「――!」



流され、決壊し、それでも愛されて。
あれほど鮮明に焼き付いた呪わしい“初恋”は、彼と日を追う毎に色褪せ、この目蓋から薄れていた。


“恋の痛手は、新しい恋で”

文字通り命をかけた想いが、ありふれた陳腐な台詞に葬られ逝く虚しさは、この胸へ新たな風穴を開けたけれど。


――そんな空漠は取るに足らない、と思えるほど。



「…………好き、です。……貴方が、……慕わしい…………」



骨太な手首から、張り出した筋肉へ、唇を沿わせる。
そのまま見つけた歪な傷、彼の腕に走っている痕を塞ぐ様に留まり、目を閉じた。

他の誰でもなく、私が。
このひとの受けた痛みを、一つでも癒せたなら……



「――、っえ……ぁ、っふ」



2秒以上、3秒未満。
その数瞬を惜しむ間もなく、味を覚えた水音が糸を引いては交わされる。



「っん、……ふ、……は、ぁ……ん」



まるで貪る様に――互いの吐息でなければ、呼吸も出来ないかの様に。



「……っは…………なら、よく見とけ」



真意を問いかけた私の……“箇所”で、あの夜を誘発する熱が、驚くほど脈打っている。

触んのは次で良い。

……ボソリと吐き出された昂ぶりの静けさが、突如として巻き起こった緊張をいや増していく。



「――――……し……承知、……しました……」



爆発するなら、今だろう。
……単なる比喩だと分かっているけれど、心身が羞恥と不安で沸騰しそうだ。

痺れ始めた手指をシーツの上で握り締め、微かに震え出した身体で深呼吸をすると、コツリ。

――何かが額に触れた。



「…………ス、モーカー、さん……?」



ぼやける程の至近距離。……鼻先が触れそうで、どうやらおでこ同士を合わせている様だ。

そんな彼も一つ、深呼吸のち。



「怖ェなら煽んじゃねェよ、このバカ。……早まるだろうが……」



詰る口調にそぐわない、何とも後ろめたそうな声音で私を責めた。



「も……申し訳ありません。ずっと頂いて来たお気持ちに、私からもお応えしたく……」

「…………」

「……お強い方と、存じ上げればこそ……貴方に残る程の傷は、痛ましく思えてならないのです」

「……痛みは一時だ。要は動けりゃ良い……治った後なんざ、別に気にしちゃいねェ」



あくまで、静かに。
力強い鼓動と彼らしい言葉へ耳を傾けていると、不意にベッドが軋む。



「だが、お前が気負うっつうなら話は別だ」



見つめ合える近さで向き合った彼が、この肌をなぞる。


灼け付く様な苛烈さがちらついては、凪いだ海に似た優しさを宿す。

……私の惹かれた瞳は、そうして変わらず、私を見ていた。



「――――元死罪人おまえの鎖は、おれが解いてやる。その代わり、猟犬おれの傷はお前が消毒しろ」



ちゅ、……と。
押し当てられた指には、浮かび上がっている古傷。

“一時”の痛みすら忘却へ消える様に、私の温度だけが残る様に、ゆっくりと湿らせては柔らかく食んで。

そうっと離した後に仕上げのキスを乗せれば、濡れた唇を撫でられた。



「……最後まで、逸らすんじゃねェぞ」



念を押す言葉に、思わず笑ってしまう。
迷いのない視線を重ねて、確かに頷いた。



「ふふっ。……喜んで、お約束致します」



カーテン、窓、ふたりの外――遠い雷鳴は、意識の彼方へ。



end.


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