5. marine snow white.



marine snow white.





通年涼しい冬島ふるさとにも、夏は巡って来る。



「暑ィ」



……遮光かつ断熱仕様のカーテンには、感謝してもしきれない季節。

家へ入るなり、肌に張り付くシャツを鬱陶しそうに脱ぎ、半裸でタンブラーグラスを呷ったスモーカーさんが喉を鳴らす。

清々しい程の一気飲みで口元を拭いつつ傾けられたそれに、自然とおかわりを注ぐ。

――少し意外だったけれど、彼は私の作るミントレモン水をお気に召している様だ。



「……」



カウンターにウォーターポットを置き、その肩へ無造作に掛けられたシャツを受け取ってから濡れタオルを渡す。


……肌の弱い私が、照り付け乱反射する熱線の下で出歩く事は自殺行為に等しい。

ゆえに就業時間は日没から明け方まで、休日は夜行性の昼夜逆転生活。


そんな不規則さをご存知の上で、私と共に眠っていた子電伝虫を鳴らし「今から行く」と起こされたのが、つい先程だ。



「……シャワー等、ご自由にお使い下さい。申し訳ありませんが寝不足ですので、夕方までは休ませて頂きます。……では」

「…………」



……向けられ続ける視線には気付いているけれど、伏目がちのまま一礼し、寝室のドアを閉める。


「……はぁ……」


眠気が残るベッドの中で溜め息を吐き、再び目を閉じた。

――“貼り付けた笑顔なんざ要らねェ”と断言されてから、愛想笑いの類いはしないと決めた、ものの。



「……何て、可愛げのない……」



お逢い出来て嬉しかった……事よりも、安眠を破られた事や、小綺麗にする余裕も与えて下さらなかった事への苛立ちが勝ってしまった。


“また明日”が訪れる確証など、何処にもないというのに。


――たった一言で良い、謝ってから改めて眠ろう。そう起き上がった瞬間、ガチャッとドアが開く。



「………………」



眉間のシワを深めたスモーカーさんが、私を引き摺り込む様にベッドへ入って来る。

一人寝には十二分なセミダブルも、彼と二人では若干窮屈だ。


……同じボディーソープ、けれど異なる香りに、何故か胸が詰まった。



「すみませんでした。……大人気ない態度で、お迎えしてしまって」



――視線を上げた先、私を捕える赤い瞳に怒りの色はない。
むしろ、少し当惑している様にも見受けられる。



「…………、…………いいから寝とけ」



長い沈黙、のち。
言葉探しに見切りをつけたのか、ただそう言って力の篭った腕にギュッと応える。


ねぇ、スモーカーさん。
今年からは……貴方と二人、分かち合えるでしょうか。

早朝の蝉、夜更けの蛍。

――ざわめく深緑に息づく、束の間の美しさを。



(……あァ、……クソ……どうにもガキ臭ェな、おれァ)



end.


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