IF2:be locked in an embrace.
原作沿い・分岐ルート設定。
“もしもサクラ・サユキが何もかも捨てて、独り自壊して行ったとしたら”の続編です。
そんな前提からお楽しみ頂ける方は、どうぞ以下へとお進み下さいませ。
別角度から明かされる側面や、いかに。
***
二本足の人魚姫。
コイツは昔そう呼ばれてた。
海獣に始まり、魚人も人魚も会話出来ねェ筈の海王類と、意思疎通どころか可愛がられてたからだ。
オマケに陸の鳥や獣、それなりの知能が有る奴なら何とでも会話するサユキは、軍内でも散々持て囃された。
──ドレークの野郎が、コイツを置いて海賊になるまでは。
「4人で飲んだな」
ガラにもねェ昔話が口を衝いたのは、其処に原因があるからだ。
ビクリ。
案の定、肩が跳ねたサユキに言葉を続ける。
「ヒナは絡む、お前は寝る、起きたと思や看板猫と世間話だ。手の焼ける奴等だと思っちゃいたが……まァ、悪くは無かった」
上の都合で祭り上げられたガキは、その実可愛げの有る素朴な女だった。
本心だ。こうして住まわせる程度には──
「…………生きたくない…………」
泣き出したサユキが、とうとう本音を吐く。
「ッ私は、時価だって。珍種だから、時価だって……!!」
「ッ!?」
“何故”
“何で”
“どうして”
“動物の言葉が解る?”
そんな事、私が誰より知りたくて。
『それは見聞色の覇気だ。君、おれと来てくれ』
ただ一人、答えをくれた人間は、結局私を裏切った。
……その“少将”の元、一点集中。
敏感で疲れやすく、筋肉が付かない体質だと軍医に診断された私は、事務と並行して最小限の動きで躱す訓練を積む内に、一定の攻撃は回避出来る様になった。
緊急脱出の術も習得したものの、流石に万能とは行かず。
或る時。
私を
職業安定所へ売り飛ばそうと、奇襲を仕掛けた悪党が居た。
暴力に物を言わせ、海賊らしい穢れた魂胆で一攫千金を狙うそれらは余りにも数が多く、巻けども巻けども追って来る。
終わりだ。
押し寄せる魔の手に死を覚悟した瞬間、友鳥の大群が降り注ぐ様に私を守った。
次々と敵の目を潰し、抉り啄む野生。
毟られた黒い羽根がそこかしこに舞っても尚、猛攻は止む事無く。
噴き出し撒き散らされた血溜まり、阿鼻叫喚の中。
のたうち回る犯罪者達にやっと駆け付けた部隊は、肩に留まった“幼馴染”と仲間達、そして私へ揃って異様な目を向けた。
……何、その目。
皆、私の事情を知って居ながら。
普段あれだけ褒めそやし、興味津々な笑顔を見せ、有事の際には必ず守るなどと嘯いて置きながら。
いざ肝心の窮地には、間に合いもしなかった癖に。
“何だアイツ等。同じ人間の癖に。意外と旨かったしよ、あの目も全部潰してやろうカァ?”
“……いいえ。もう結構です。どうもありがとう。さ、私の
巣で全員の手当てと、たっぷり御礼をしますから。帰りましょう”
“アァ〜〜?んじゃ頬肉だけ喰ってから……”
“焼き鳥にされてしまいますよ”
“ガァッ!”
“はいはい”
『おっ……おい貴様!何処へ行く!』
『必要な事はドレーク少将を通じてお伝えし、実況見分は拒否させて頂きます。負傷者の迅速な保護、適切な治療を最優先と致しますので』
『負傷者だと?鳥に人権は無い!そんな事も分か──』
『“恐ろしい娘だ。真相を話すとは思えん。とにかく拘束せねば”』
『……ッ!?』
『筒抜けですよ、上官殿。そんな方にお話しする事など何一つ御座いません。仔細は、そちらに隠れていらっしゃる市民の方々が御存知かと。それでは』
“得体の知れない”恐怖を裏返した威圧に背を向け、私達は家路に就く。
『何が姫だ。……化け物め』
“ほら見ろ言いやがった!腹減ったしよ、やっぱ舌でも引っこ抜──”
“どうどう、どうどう……”
“馬じゃねェっての!お前だってめちゃくちゃ傷付……おい抱っこすんな!ガキでもねェっつの!アホーッ!”
私を助けに来てくれた、その故為で人肉の味を覚えてしまった満身創痍の彼等に、信頼と罪を背負いながら。
***
「……組織内での立場上、気に掛けて下さる方は居ても……私には、根本的に居場所が無い」
詰まる所、何時もそう。
私を理解しようと努め、一貫して陰から守ってくれたのは両親だけ。
彼等亡き後も変わらず、日向から守ってくれたのは獣だけ。
人間社会に居場所は無いのに、
獣の様には生きられない。
そう悟って成長し、どんなに人当たり良く“普通”で在ろうとも。
ある時は攫おうと、またある時は殺そうと。
大小問わず悪意を向けるのは。
私を責め苛むのは、何時だって他人だった。
「私はッ……!!わたしを殺さなきゃ、救いが無い……!!」
もう良い。
もう沢山だ。
──じゃあ、『どちらにしようかな』。
泣いて帰った幼い私を励まそうと、いつも手作りのお菓子を選ばせてくれた母の歌を口ずさみ、手段を選ぶ。
銃も。剣も。
私の握力では即死を担保出来なかった。
縄や薬は失敗すれば後遺症が残り、より生き辛くなるだけかもしれない。
だから。
変貌して、変容して。
最も有り触れた方法で、内側から壊す事にした。
浴びる様に飲んで、呼気の如く吸って。
また目覚めてしまった。
早く。はやく。
度を過ぎた毒が、私を転がす日まで。
……母と私を一度に抱き締め、愛おしそうにキスしてくれた父の、セピア色の幸せへ戻れる日まで。
「殺した所で救われる確証が何処に在る。その可能性は、てめェが拒絶したモンの中に有るんじゃねェのか」
静かな声が投じた一石に、目を見開く。
救われる、可能性。
……何よりも、傷付いて欲しくなくて。塗り込めた笑顔で拒絶した人々。
皆、みんな拒絶した、やさしい友達。
「ヒナに連絡返してねェだろう。たしぎも明らかにミスが増えた。真っ先に気付いたバカ共は、お前の話で持ち切りだ……お前が、割れた爪を切ってやった奴等がな」
あと烏に、海の連中も煩ェ。
「…………っ、!」
“ただのイメチェンだ”?
──ふざけるな。
死ぬ程根深い人間不信を抱えたまま、それでも道徳規範に、持ち続ける良心に従い続けたサユキが。
とうとうてめェで選んだ道が、突き進んだ果てが、コレだってなら。
おれは迎えに行く。
責任一つ取れねェ、散々お前を傷付けた奴等と一緒くたにされて堪るか。
「始終側には居てやれねェが、約束してやる。おれは死んでも海賊にはならねェ」
「────」
溜まりに溜まった膿が出た。
これからも出るだろう。
その時どうするかなんざ、考えるまでもねェ。
忘れたなら思い出せ。
捨てたなら拾って来い。
「サユキ。お前も今此処で誓え。……おれより先に、くたばるな」
嗚呼、駄目だ。
ボロボロ音を立て、
砦が少しずつ崩れて行く。
分厚い壁で覆った私が振り向いて、内側で殴り続けたわたしが、その割れ目から手を伸ばす。
救われて何になる?どうせお前はまた──
「“お前”も来い。まとめて面倒見てやる」
「……まとめて……?」
口から漏れた声は酷く掠れて居て、身体が震えて居る事に気付く。
期待、不安、……恐怖。
「中に居んだろう。殺させやしねェ……“此処”に居ろ」
黒髪の。
陥落した
砦を背にしたわたしが、白髪の私に向き合う。
踏み出したのは──先に抱き締めたのは、何方だったか。
「ぅ……ぁ、あ……!!!!」
濃縮された憎しみが、骨髄にまで徹した恨みが、透明な奔流となって溢れ出す。
かなしかった。
くるしかった。
なかまにいれてほしかった。
ともだちも、にんげんも、いっしょにわらってみたかった。
「ちが、ッ……ちかい、っ……ます……」
「聞こえねェな」
「誓い、まず!!」
「何をだ」
「わだじ、……わたし、私!サクラ・サユキはっ!……スモーカー中将と!!……此処で!!生きます!!!!!!」
「────よく言った」
ゆるされる。許される。
私はとっくに、赦されて居た。
***
ぐす、ぐす。……ズビッ。
「ったく」
寄越された薄紙で鼻をかむ。
……拭くだけならまだしも、他人前で鼻をかむなんて有り得なかったけれど。
それでも良い気がした。この人の前では。
「喉乾いた……」
「催促か?」
じくじくと痛む顔を夜風に当て、そう言えば眩しい月に目蓋を預けて居ると、呆れた様な声がする。
「作り方見てただろうが。自分でやれ」
「…………」
目を閉じたまま、僅かに尖った口。
あァ、そうだ。
コイツは、そういう奴だった。
「寝るぞ。支度しろ」
何故か声に喜色が滲んだ気がして、目を開けた視界には
「わ、」
「遅ェ」
見知った顰めっ面があって、私は大人しく歯を磨く事にした。
***
歯磨きついでにもう一度洗顔、自分で作ったレモン水をゴクゴク飲んで。
グラスやジョッキを片付けたら、いよいよする事が無くなった。
「おい、着替えはどうした」
自宅で着て居たパジャマ類は処分してしまったし、どうせ寝付けず途中で目が覚める安宿ではそのままベッドに倒れ込んで居たから、寝巻きに当たる物が無い。
洗濯したら乾いた服を着る、日々その繰り返しだった。
「寝巻きは、持ってません。出歩きたい時に不便だったのと、買う必要も無くて」
「……仕方ねェ。それ着とけ。デケェだろうが我慢しろ」
ドア越しに放られた衣服をキャッチして、広げる。
スウェットだった。
ぶかぶかだけど肌触りが良くて、スモーカー中将の匂いがする。
「気持ち良い……」
確かにオーバーサイズなものの、丁度お尻から太腿の辺りまで隠れて、ワンピースの様。
「着た、か──」
「はい。これ、好きです」
「…………」
「……?」
「……下も渡した筈だが?」
「!す、みません」
いけない。完全に逆セクハラだ。
折って折って履くと、
「さっさと来い」
急ぎ足で入った部屋は──寝室だった。
似た様なゆるい格好をしたスモーカー中将が、それまでずっと咥えていた葉巻をサイドテーブルの灰皿に置く。
くあ、と一つ欠伸をして、大きなベッドへ横になった。
「……何突っ立ってんだ……」
片腕を持ち上げて開けられたスペース。
つまり。其処へ。入れと。
「お邪魔しま、……してます?」
潜り込んだ布団はふっかふかで、いかにも清潔で。
「……」
頭上で繰り返される呼吸。
目と鼻の先に在る胸板から伝わる、仄かな温かみ。
「……あったかい……」
ゆりかごの記憶なんて無いのに。
うつらうつら微睡み始めると、首筋に腕が回って、むぎゅ。完全にくっ付いてしまった。
「ぇ、あ」
ドクン、ドクン、規則的な鼓動が響く。
鍛え上げられたスモーカー中将の身体は思った以上に固く、触れ合う肌は熱かった。
動いた手が後頭部を撫ぜて、旋毛の辺りに……顎が乗った?ちょっとチクチクする。無精髭の故為かな……
そんな他愛の無い事を考えながら、包まれた私は新しい夢を見る。
額の辺りに唇が触れる、泣ける程やさしい夢を。
***
──翌朝。
「味わう余裕が無くて、ごめんなさい。こんなに美味しいのに」
胡椒が効いたベーコンエッグトーストを囓りながら制服に着替えてホットコーヒーを啜り、バタバタと忙しなく“三等兵”を作る化粧中の私と。
「別に良い。朝はそんなモンだ」
おれは先に行く、と正義のコートを羽織ったスモーカー中将。
「はい。どうぞ、ご無事で。私もすぐに──」
広げた鏡と道具の間、ポンと置かれたのは……鍵。
「これ……」
「持ってろ。失くすなよ」
手に取ると、朝陽を受けて鈍く光る。
さっさと玄関へ向かう気配を慌てて追い掛け、ゴツいブーツを履く背中に──今、抱き着きたい、と思った?
「また連絡する。……何だ」
ブンブン首を振って、一礼する。
「行ってらっしゃいませ」
「あァ」
穏やかな眼差し。
……見送ってすぐ、随分血色の良くなった顔と身支度を整えた私は、貸し与えられたばかりの鍵で確かに施錠する。
「行って来ます」
きらきら、きらきら。見違えた世界。
眩いその煌めきに、両の瞳を輝かせながら。
end.
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