2. one of the first things.



one of the first things.




――甘やかな水葬を経て、三ヶ月。

今日も忙しないG-5基地で、珍しく本部直通の電伝虫が鳴った。



「此方海軍、新世界第5支部――」

「サユキか。此方ガープ」



決まり文句を遮る様に、低くしわがれた老練な声が響く。

久しぶりじゃのう。

……驚愕のあまり呼吸ごと静止した私へ、深い眼差しを向ける電伝虫がニッと白い歯を見せ笑った。



「…………ガープ中将、……お久しゅう、ございます」

「近い内、こっちの若いのがそっちへ行くんでな。書類は行っとるじゃろう」

「――えぇ。今し方、確かに」



動悸の渦中から机上へ襟を正し、開いたファイルには海兵二名のデータ。

宛先は01部隊――率いる彼を含め、順調に昇格されているたしぎ太尉の指導を仰ぐのだろう。


まさに成長株と言った所のステータスを速読した所で、片方の備考欄に目が吸い寄せられた。

――“頂上戦争にて見聞色の覇気が覚醒”。



「お前さん、コビーの見聞色を見てやってくれ」



…………実際に頭を下げながら、この海軍の“英雄”へ畏れ多くも問い返す。

幻聴では、なかった。



「……直々にご連絡をなさったという事は、御自おんみずから鍛え上げておいでなのでしょう。そのような大役、私にはとても――」

「餅は餅屋じゃ、生来には敵わん。モモンガも言っとったぞ、このまま終わらせるには惜しいとな」



ガープ中将、モモンガ中将。
何とお懐かしいお名前だろうか。


――まだ、本部所属だった頃。

総じて戦闘には不向きな事務部員わたしが生まれ持った“見聞色の覇気”を評価し、“少将”なき後も実直な態度で接した上、流刑地ここで生かす提言をして下さった方々だ。


歴戦の中将お二人、昔話の元死罪人わたしなど、とうに忘れ去られたと思っていたのだけれど。



「…………誠に、恐縮です」



人の心は知らぬが仏。

そう感じ得る事の多さに疲れ果て、二度と表向きには使わぬ様に、と奥底へ沈めて来たものが……

再び、日の目を見ようとしている。



「お前さんの働きは分かっとる。まぁそう身構えんで良い、揃っても青二才じゃからな!」



快活な笑い声を上げた“生ける伝説”に、ホープをひとつ託される形で通信を終える。



「ぷるぷるぷる、ぷるぷるぷる」



……ひとまず、出向中のヴェルゴ中将へ即コールした。



***



「――サクラさんは以前、一切戦わずに大型魚類を鎮めたと聞きました。一体どうやったんですか?」

「……あの時は……運良く、話の通じる相手でしたので。任務遂行を目前に負傷者を出すよりは良いかと――上官に、部隊の食糧十人前で手を打って頂きました」



派遣先、陸地。

敷かれたシートの上、使い込まれた教本の山を傍らに正座し、びっしり書き込まれたノートへ懸命にペンを走らせるコビー曹長。

その彼に促され、目前の木箱へ腰掛けて質疑に応じる三等兵わたし



「…………単に仲介役を務めた、昔の話ですよ」



そう付け加えるも、やはりストレートな興奮と尊敬が光る大きな瞳で見上げられ、思わず制帽を被り直す。


請け負った以上は最善を尽くすけれど、この状況は……正直、居た堪れない。

――“憧れの的”の一つまで、務まる立場ではないのだから。



「……その“昔”から、人間以外の声も聞いて来たんですね……」



凄いなぁ、と感嘆の声を漏らした少年の笑顔には不似合いな、哀しい翳り。

何より“聴”こえてしまうが故に――彼もまた、周囲の思惑が頭に幾重もこだまして、その心を酷く痛めて来たのだろう。


軟弱と言ってしまえばそれまでの優しさが、よく現れた顔つきだった。



「……数多く、お辛い目に遭われて来たのですね」



口をついた言葉に、数瞬。
更に目を丸くした幼気なコビー軍曹が、やがて肩をすくめて苦笑する。



「…………やっぱり凄いなぁ、サクラさん。僕、そこまで顔に出てますか?」



後頭部を掻きながら正座で見上げる姿は、悪戯が露見して叱られる子供の様だ。



「……お顔も書類も、この目でしかと拝見致しましたので」



会釈しつつ――何とも人好きのする可愛げに、確信した。
この“年下の上官”同士は、さぞや好相性だろう。



***



「……ふふ」

「あ?」

「いえ、……ふふっ」



テーブルで石積みに興じていた恋人が、不審そうに顔を上げる。

窓辺で職場用のコーヒーマグを手に吹き出した私の視線を追った後、再び石へと手を伸ばす。



「……飽きねェ奴だな」



――抜身の愛刀を手にし丁寧な解説を行うたしぎ太尉と、やはり正座で真剣に聞き入るコビー軍曹。

どちらも真面目で頑張り屋、かつ感情表現豊かで愛嬌がある分、傍目には姉弟の様にも映る。



「遠目ですと……素直に癒されますね。……慕われる事は、どうにも気恥ずかしいものですが」



……まさに“上座”の木箱は一度で辞退したけれど、爽やかで懐っこい“弟”分の事は、仰せつかった任務以上に気がかりで。

休憩の度に眺めるこの定位置を覚えた彼もまた、日々嬉しそうな笑顔で私を見ていた。



「……私は……幸せ者だなぁ……」



元死罪人でも、現三等兵でも。
今の私には歓迎される居場所がある。


そんな幸福を遡れば……あの日“未練”に鎮座したスモーカーさんこそが、全ての原点だった。


コトリ。――呟いた事実が滲み出して、空のマグカップを置いた直後、背後から白の追い風。

葉巻、石鹸、その他諸々が潮と溶け合う薫りを胸一杯に吸い込めば、のし掛かった重みが静かに私を抱く。



「――――待った甲斐はあった」



囁いた温もりの中、委ねた私の中。

最初にして唯一の喜びを、増すままに重ね合わせた。



end.


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