3. don't go by yourself.



don't go by yourself.




――青々とした切磋琢磨を見守り、はや三ヶ月。

先の戦争から一年半が経過した今日は、新世界支部の全体会議だ。

会場はG-1基地……本部との重要なパイプラインを担う第1支部ゆえ、総じて窓際扱いの“ホーム”とは空気が違う。



「な、なぁ。あれが噂の“墓守”か?」

「あぁ。いつ見ても神秘的だよなぁ……」

「けど何か明るくなったな!前はもっと儚いイメージだったろ」


「おい、“魔女”が来てるって?」

「彼処だ。ほらあの細い……黒髪の」

「クソッ、見えねェ……!」



本部勤務に似た引き締まる緊張感を待ち侘びるも、腕時計は至って正確。

方々から向けられる丸聞こえの小声話と、無遠慮な視線を意識的にシャットアウトすべく、制帽を目深に被る。

……何度足を運んでも、此処は“アウェー”だ。



「――!」



開始直後。一斉に起立のち敬礼へ倣って、息を飲む。

――第1支部基地長として着任を告げたのは、記憶に新しいモモンガ中将だった。



***



「サクラ」



解散後、喧騒と実りある疲労感の中で書類を纏めた時、しかと聞こえた呼び声。

……典型的なカクテルパーティー効果と言ってしまえばそれまで、だがやはり私を試されたのだろう。


まだ“このまま終わらせるには惜しい”人材かどうか、その目で直々に。



「――――鈍ってはいない様だな」



引き潮に似て空けられる一本道を制し、遠方の死角から歩み寄られた中将が眼前に立つ。



「恐れ入ります。――モモンガ中将」



涼やかで落ち着き払った……厳しくも優しい瞳が、今の私を見ていた。



***



――仕事帰りの一杯に、弾む会話は良い肴。積もる話なら尚更だ。

また話題の一区切り、椅子に慣れた脚でも心地良い掘りごたつの居酒屋は、橙色の間接照明とプライベートな襖の仕切りが安らぐ空間だった。



「ところで」

「はい?」

「これも私情に踏み入った事だからな。聞きかねてはいたが……」



言い淀んで清酒を呷る姿に、ふと重なった“昔”。

まだ全く飲めなかった頃、それでも“少将”のご相伴に預かってお酌をしていた時の光景。


何気なく話した家族の事――既に世を隔てた事実を知った時も、この方は同じ様相を示された。

……心の暗部に触れる事を躊躇う誠実さが、懐かしくも染み入った。



「……ふふ。構いません、何でしょう?」



冷めてもサクサクな天ぷらを抹茶塩で頂きつつ待てば、一息吐いて置かれる杯。



「――スモーカーと関係を持っている、というのは事実か?」



一つ瞬きをし、私も箸を置く。

……人前でも平然と詰めた距離に現れる彼を、拒む気になれない私も私なのだけれど。



「はい。……一体何の因果かと、思っておいででしょうね」



スモーカー……少将。

准将から昇格した恋人は、変わらず私を大切に扱ってくれている。

最近は、欲しかったハンドクリームの無香料が幸いして、プレゼントしてくれたその手と塗り合う楽しみも増えた。

――あのひとを慕い続けた頃とは、もはや別世界だった。



「…………人も時代も変わるものだ」



えぇ、本当に。

しみじみと相槌を打つサクラは、その若さにそぐわない程の落ち着きと柔和さを湛えた海兵だが――

浮かべた笑顔は、少女の頃を彷彿とさせる無垢さだった。



「……?どうされました?」

「あぁ、いや」



……やむを得ん選択で僻地へ異動させた才女が、あの無鉄砲な海兵と……

聞いた時は眉を顰めたが、対面して随分薄らいだ目の翳りに正直安堵した。


――あれほどの虚無は二度とないにせよ、不遇さに投げ出される若い命など、見るに耐えないものだ。



「……何かあれば連絡しろ。お前の近況も聞きたいからな」



ふわりと笑んだ丁重な姿に、偽りの色はない。

この一途な淑女の行く末は、手助け出来得る立場で見守ろう。



***



「ぷるぷるぷる、ぷるぷるぷる」

「……!」



中将の元を辞し、心身共に優しく温まった私のポケットで、見慣れた海域へ入った途端に鳴る二匹目の子電伝虫。



「遅ェ。今何処だ」



深緑色のモフモフを纏った鋭い目付きの子へ航路の一つを伝えるも、返事はなく切られてしまう。

……“ホーム”の基地へはG-1から直通連絡をさせて頂いたものの、“私情”の相手にまで繋ぐ事は気が引けて。

子電伝虫では通信範囲外と承知の上で、時刻は夜更けを迎えようとしていた。



「――ご心配をおかけしてすみません、只今帰還致しました」

「…………ったく」



着岸し、タラップを降りるやいなや私の手を掴んだスモーカーさんが、そのままズボンのポケットへ突っ込んで先を歩き始める。


この半年、二人で何度も行き来した自宅への道だけれど……今また、彼との“初めて”が一つ増えた。



「…………」

「……何だ」



眉間のシワはそのままに。
彼のポケットで手を繋ぎ、月に向かって帰宅する事。



「いいえ、……何も」



いかにも不機嫌そうな態度――とは裏腹に、私が好むスキンシップも歩きやすいペースも保ってくれる、恋人。


……あまりに雄弁な仕草へ独り笑んで居ると、その指で甲をキツく締め上げられた。

思わず苦笑しつつ痛がれば、振り向く事なく緩んだ力にますます口角が上がってしまう。



「……貴方と生きる今が、何よりですよ」



――力加減も歩幅も覚えたサユキの、いつも不意を突きやがる“独り言”には答えず。

ただ。
健やかに保ち合う素肌を、隙間なく握った。



end.


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