4. crossing out. whatever trips your trigger.
whatever trips your trigger.
まさに青天の霹靂。
“あの時”も、そうだった。
「――――ヴェルゴが、ドフラミンゴの腹心だと?」
見慣れた出向、手慣れた留守番。
そんな“日常”の脆さを……崩れ去る速さを経験済ゆえ、だろうか。
どうやら私は、“大物”の海賊へ仕えては捨て置かれる運命らしい。
……我ながら冷静に、何とも不憫な結論へ至ったけれど……手酷く傷付いてしまったのは、私ではない。
「えぇ、そうです。――堕ちたのではなく、元より潜入目的だったとの事」
01部隊長――想定外の重傷を負われたスモーカー中将による直々の報告を、今最も信頼出来るG-1基地長へ、確実にお伝えする。
彼が、身命を賭して。
麦わらという標的を追われる中、その裏切り者を慕っていた部下達を慮り……次々と暴き出された“王下七武海”の激動を、一言一句漏らさぬ様に。
「……真相は分かった。即刻本部へ報告する――が、事態収束までの臨時基地長は私で構わんな?」
決定事項の言動に、……たった独り、G-5基地で忙殺されそうな私を見据えて下さるモモンガ中将に、つい目頭が熱くなった。
「……っ、重ね重ね、宜しくお願い致します……」
深く、深く頭を垂れながら。
そのまま管轄して頂ければ……と情けなく震えた本音を、お前のみ引き抜いて良ければ歓迎しよう。と至極真面目に返されて、思わず苦笑してしまった。
***
「……確かに、海難事故と記載して在りますね」
とうに“解決済”扱いだったファイルと、たしぎ大佐から着々と受信しつつ有る被害者リストを、注意深く照合する。
これもまた――うず高い書類を日々処理して居ると、頻繁に遭遇する案件だ。
「サクラさんは当時、何か違和感を感じませんでしたか?こんなに多くの子供達が、行方不明だなんて……」
年少の男女が忽然と姿を消す。
誘拐の可能性も有るけれど……その多くは、足取りが途絶えた先の遊泳禁止区域で、大海に君臨する生物の血肉と化している。
いかなる注意喚起も、好奇心の前では無力なのだろう。
何にせよ“聴”こえない、相容れない人間にとって……自然界を生き抜く強者の証言は、より悲嘆と恐怖を煽る咆哮でしかない。
「…………たしぎ大佐」
「はい……」
それでも。
悲痛な面持ちで答を待つ彼女は、私の能力に信頼を寄せて下さる貴重な方々の、お一人だから。
「……繁殖期の彼等とは、また事情が異なりますが……」
或る一匹に言われた言葉を、憚りつつも口にした。
「――――今までに召し上がったお食事の品数を、覚えていらっしゃいますか?」
……長く、永く絶句される表情に、この胸まで沈む心地がする。
「…………いいえ。ですが!――今回の件の子供達を無事に親元へ送り届ける為には、サクラさんの協力が不可欠です!」
……堪えた感情が滲む声と密な連携をお約束して、受話器を置いた。
***
明日、来い。
度重なる激戦を経て、治療へ専念……するしかねェ、と退屈そうに通信して来たスモーカーさんが、遂に私を呼んだ。
01部隊、艦内――結局あまり眠らないまま、久々の対面に、緊張と心配が交錯する。
「……ちゃんとメシ喰って寝ろっつっただろうが」
第一声。
医療棟と同じ無機質なベッドの上、包帯まみれの彼が半身を起こして居る。
その疲弊した姿に、反して燃え盛る瞳に――改めて思い知らされた。
「えぇ。……いけませんね、どうにも気が進まなくて」
この
海兵は。
瀕死の深手も厭わずに、己が定めた死線上を直走る。
恐らく誰よりも泥臭く――果てしなく眩しい、生き様だ。
「お身体は……順調に、癒えてらっしゃるのでしょう」
「あァ。こんだけ休んでりゃ当然だ」
「……でしたら、貴方は――どうぞ、そのままで居らして下さい」
「……あ?」
――――この
男が残し行く“翳”になら、私は誇らしく佇んでいられる。
「私もまた……貴方の、その真っ直ぐな情深さに救われた一人ですので」
慕情が持て余す心痛を、有り余る敬愛で包んで。
……微笑みかける私を見ていたスモーカーさんが、吸いかけの葉巻を灰皿へ押し付ける。
そのまま手を引かれて彼の胸にもたれれば、烟る吐息が髪を揺らした。
「…………クザンの野郎が来なけりゃ、おれは死んでた」
「えぇ、……存じ上げております」
「……言いてェ事の一つや二つあんだろう」
言いたい、事。
……共に前線へ立つ力は無く、ただ事後処理のみを担い続ける私が。
この海で何よりも貴方の生を願いながら、去り行く背中にも見惚れて止まない私が。
――これ以上、何を申し上げれば良いのだろうか。
「……!」
ようやく、触れて欲しい、と思える様になった黒髪をサラリと梳かれて、黙考が破られる。
「――今更“ご負担”で線引かれる仲じゃねェと思ってんのは、おれの思い上がりか?」
いつまで遠慮してやがる……言え、と。
命令と呼ぶには
心寂しい声が、焦れた気配から吹き込まれて。
もう一つの速まる拍動が、私を震わせた。
「……では、願わくば――――」
視線を落とし、眼前の……在るべき場所で今を刻む心臓へ、キスを捧げて。
「…………“唯一”を喪う痛みなど、二度と訪れません様に」
貴方も、――――私も。
……付け加えてしまった祈りが届いた事実を、締め付けられた心身で悟る。
葉巻、……湿布、消毒液。
知っていても慣れない……慣れたくはない薫りの在処を、すがる様に抱き締め返した。
***
「うわぁ……!!すっげー!!」
「キバもウロコもでっけェな……!!」
「こわいけど、強そう……カッコいい……!!」
ふと甲板の方角から、賑わう声が聞こえた直後。
――反射的にスモーカーさんの両耳を塞いで正解だった、頭の芯が揺さぶられる大音響の“挨拶”。
次いで、負けず劣らず野太い絶叫までもが
木霊して、静寂に包まれた。
…………子供達との共鳴具合で言えば、私の遥か上を行く海兵達だ。
「ぅ……ぅぇえ……すんごい声……」
「……ね……ねぇ!そこはスモやんちゅーじょーの部屋だよ!!」
「す、スモやーん!!みぼーじんさーん!!大丈夫ー!?」
「違うよ!みぼーじんじゃなくて、まじょさんだよ!」
「えっ、はかもり?じゃないの?」
誘拐と薬物の二重苦に苛まれて尚、無邪気な言葉を発する幼い口々へ、若干フラつく脚で窓を開ける。
……まさに、噂をすれば影が射す。
「…………つくづく、派手な“顔を見せに”来られましたね」
溜め息混じりの皮肉にも鼻腔を鳴らしたのは、つい先日、想起して居た近海のハンターだ。
相変わらずの獰猛さながら、貫禄がついた様に見えるのは気の所為だろうか。
「……成程、つがいになって……」
――彼なりに対話用のボリュームで吼える“報告”を聴きつつ見れば、眼下の波間には文字通り、顔を見せ回遊する“家族”。
そんな光景に船縁へ集まり、あれこれと興奮を示す見知った人々――身を乗り出した子供の首根を引っ掴み、叱り付ける様相。
…………幾ら粗野でも武骨でも、奪い合い傷付け合ったとしても。
「“たった一つ”を築き護る姿勢は、何よりも美しいものですね」
不敵に上がった口角から、鋭い歯列を覗かせて。
爛々と輝く野生の眼で戻って行った大黒柱は、一際大きく豪快な水飛沫を立てて海中へ消えた。
……私を掠めた愛おしい紫煙を撫でつつ、私もまた、踵を返す。
「ふふ。……きちんと食べて、眠る様に致します」
「……あァ」
珍しく、私から。
ストレートに贈った“愛情”のサインは、いつにも増して深まるばかりだったけれど。
「っ、ん!……ぁ、あっ」
「――サユキ」
呼吸を整える間もなく、物足りなさげに下へと這った唇が、彼しか知らない制服の中へ消えない印を残した。
end.
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