「何してるの」
「霞柱……さまげふっ!?」
形容しがたい強烈な感覚に襲われて眼を覚ます。数十年一気に歳をとった気分がする。なんか、体の節々も痛いし。
ぼーっとしているわたしの腹にもう一発決めようとする霞柱。雑じゃね?これでも一応女子なんだけどなー。
「起きました!起きましたからやめてください!?」
「ならさっさと立ち上がって後片付けして」
なにのか、と聞く手間は省けた。なにせ、周りを見渡せば血の池地獄が広がっている。ではなくて、霞柱さまが鬼を倒したあとのようだ。心もとない月光に照らされた鬼の死骸がなんとも哀れ。
「君、血気術に引っかかってあそこから飛ばされたんだよ」
おうふ……。
霞柱さまが指差したのは十数メートル先の更地だった。身体に対するダメージが少ないのはとっさに受け身をとれたからだろう。やっててよかった、水の呼吸。まあ中途半端になんだけど。
立ち上がれば軋む肋骨に顔が歪むがそれは霞柱さまに悟られない。顔を隠しているからだ。
「私を助けるのは霞柱さまの役目じゃないですか……げほ」
「は?知らないし。戦えないなら勝手に逃げなよ」
「それもそうですね。いや、失礼」
一瞬、不快そうに眉をひそめた霞柱さまだったが私の頭をぱしんっと叩いてからどこかへ行ってしまった。経験上、わたしからそう離れた距離にいたことはないのでせっせと後片付けに勤しむ。
任務終わりに茶でも一緒にしばきに行こう。甘いものを与えれば大抵機嫌が直るところに子供らしさを感じる。というか、そこの部分にしか子供らしさを感じない。無表情だし、よく言い過ぎで一般人を泣かせてるし。
「いやあ、貴女は相変わらず霞柱の地雷を踏むのが得意ですね」
「そうですかね?」
同僚の意味不明な一言に疑問視をつけた答えを返した。
___
後日。
時透邸にて。
これって補佐の仕事関係あるのかな?と思わんこともないが、霞柱さまが物置として以外にこの屋敷を使ってくれるなら構わない。
初めてこの屋敷に来た時はひどかったもんだ。
そう思って日光で暖かくなった洗濯物を取り込む。
数本いかれた肋も無事に完治した。自慢でもないが昔からなぜか傷の治りが早い方だ。とはいえそんな体質ももう意味はない。
なぜなら、これがわたしの最後の仕事だから。今日を最後にわたしは霞柱さまの世話役を解任になる。最後の任務だし霞柱さまの好きなように酷使してくれても良かったけど、今日に限って任務はなかった。
これでもわたしが一番長続きしたらしい。でも、霞柱さま本人がこいつは嫌だと言ったのはわたしが初めてだそうだ。
これでも可愛がってたつもりだったんだけどなぁ。地味にショックを受けるが想像の範囲は超えない。嫌がるそぶりは前々から見せられていたし、当然だと思えばそれだけだ。
うららかな昼の日差しは眠気を誘う。あくびを噛み殺しながら畳んだ隊服を手に霞柱さまの部屋までやってきた。
「霞柱さまー。隊服のお洗濯、終わりましたよ」
……返事がない。誰もいないのかと思ったがよく聞けば独特の寝息が扉越しに聞こえてくる。小さい声で「失礼します」とことわってから部屋に入る。
隊服とは違意識その明るい着物の裾をくしゃくしゃにして、部屋の端で小さく丸まり寝ている霞柱さま。
はあ、くそかわ。可愛いの殿堂入り。普通の扉かと思ったら可愛いの宝石箱の蓋だった。にやけるのを抑えるのはとても大変だがなんとか耐える。にやついてるとチョップされるけど、それは痛いから嫌だ。
寝てれば可愛いのになぁ、なんて考えると微笑ましくなった。
こんなに可愛いのに、なんで死んじゃったんだろうか。数十年前に見た金色のカーペットの上に作られた無機質な墓がぼんやりと消えていく。
「え……?」
今、なんて。
彼は死んでいない。こうやって静かに胸を上下させながら呼吸している。鼓動を響かせている。
今のは、一体なんなのか。
心臓がいやに大きく動いて逃げる。落ち着かせるために深呼吸した。
このことは考えないでおこう。
「なんだ、まだいたんだ」
いつの間にか起きていた霞柱さまにぎこちない笑顔を向ける。
「ええ。あとお屋敷を掃除して、夕飯の準備をして、霞柱さまをお風呂に入れて寝かしつけたらお暇させていただきます」
げし。チョップはされなかったけど蹴られた。いたい……。
でも実際に風呂につけるくらいのとこまでならやったことあるじゃん!?
足蹴りでなんとか元のペースに戻れた私に「苛々してます」と目で光線を向けてくる霞柱さま。
「あれは、自分で動けないくらい重症の時に勝手に体を拭いてただけだから」
「気遣ってるつもりだったんですけど?」
「余計なお世話」
「むう」
しばらく俯いた霞柱さまが無言になり、気まずい間が空く。先に口を開いたのは意外にも霞柱さまだった。
「次に行くのは任務じゃない。刀鍛冶の里に行く。君なら来てもいいよ」
「命令なら行きますけど、それは命令ですか?」
「……来たくないならそれでいいんじゃない」
「最後まで連れないですねぇ」
最後の言葉にそっぽを向いてしまった霞柱さま。本当に、連れない人だ。寝っ転がってそっぽを向いてしまった彼のために家事をこなす。
そして、夜がやってきた。
与えられた自室の荷物はまとめて背負いこんで玄関先に立つ。霞柱さまと対面して最後の挨拶をする。
「お世話しましたがこれでお別れです。何か私に言いたいこととかはありますか?」
「ムカつく」
「辛辣ゥ!本当に最後なんですよ。何か言いたいことくらいあるでしょう?大好きとか、最後くらい言ってくださいよぅ」
「やだよ」
「うええ……霞柱さまが反抗期……」
肩を落とした足取りで玄関を出て、整えられた庭を抜けて門の下までやってきたところで振り返る。
「何はともあれです。また、お会いしましょうね、無一郎くん」
ぴしゃり。
扉は閉められた。
「やっぱり嫌われてるのかなぁ」
私の背中に向かってから霞柱さまが小さな声で
「馬鹿じゃないの」
と呟いていたことには気づかなかった。
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