ひどく心地悪いところにいる。存在しているだけで足から溶けていきそうな温度に包まれているのだ。不快でないわけがなかった。
なにが足元にあるかもわからない。今感じている感覚が何者であるかさえ知らない。それでも歩く。
歩き続けた先に光が見えていて、それでも結局。
目を覚ませば、天井の紺に埃のように星が散りばめられている。また死んだ気がして、覚醒した。いや、死んだ夢を見たのは夢の中でのことだから、「また」はおかしい。
死んだ夢を見た中でまた死んだ?
なんだかややこしいことになっている気がする。
「目を覚ましたか」
富岡さんが視界の外から顔を出す。しかも超至近距離にいるんですが。
「顔がうるさいのでどいてください」
びっくりしたせいでよくわからない言葉が飛び出たが富岡さんは無事にどいてくれた。妙に痛む後頭部の感覚はずいぶんと久しぶりだ。大抵の傷は呼吸の仕方のおかげというか、なんというかで寝たら治ったから。
夢の中では死ぬまで数十年は前線から遠ざかっていたからだろう。全く嫌な夢だ。夢に記憶を支配されてか、寝る前になにをしていたかが思い出せない。
「富岡さん、どこに向かってるんでしたっけ」
勢いよく顔をこちらに向ける富岡さんの表情はひどく驚いていてなんだか面白い。そんなに驚くこもを聞いたわけでもないだろうに。
「どうして俺の名前を知っているんだ」
「また富岡節ですか?そりゃあ、当たり前でしょう。貴方は私の兄弟子なんですから」
「なにを言っているんだ」
富岡さんが立ち上がる。眼光の中には本当に混乱が見られた。
……どういうことだろうか。
そこでやっと気づいた。
自分の服装が隠のものではない。使い古して、それでもなお捨てることなくほつれを直した跡がある汚い着物。これは確か家出した時から、初めて鬼と対峙して使い物にならなくなるまでずっと着ていたものだ。
ここまで来てやっと、この場面への強烈な既視感に襲われる。
たしか、夢の中でも同じものを着て、今の方が目覚めは悪いけれど起きたら知らない男の人がいて、それで私は男の人き鬼に襲われたこと、その際に後頭部を打ち付けて気絶したことを告げられる。
そして初めて鬼の存在を知るはずだった。
……嘘だろう。あれは夢のはずだ。なのにわたしはどうしてこの人のことを知っているのか。
「わけがわからない」
「鬼に襲われたんだ。動揺しても無理はない。これを飲め」
差し出された水筒に口をつける。水が喉を通るのと同時に思考回路が冴え渡る。
「すみません。全部飲んでしまいました」
空になった筒を渡すが一向に受け取る気配がない。
「なんですか?あまりじろじろ見ないでください」
「……すまない」
目を背けられると、寒くもないのに真っ赤になった富岡さんの耳が現れた。なんなんだこいつ。
富岡さんの意味不明な反応は置いておくとして、一旦状況を確認しよう。
今の私はなぜか目の前の人のことを知っている。鬼という単語に対して混乱しない程度の知識も持っている。それでいて、この後どうなるかも知っている。
やっぱりわけがわからない。私は本当に夢を見ていたのだろうか。そもそも、これも夢なのでは。
考えすぎで気分が悪くなった私の横で富岡さんは立ち上がる。
「麓に町がある。立てるか?」
「はい、立てます」
少しゆらつくが歩行も可能だ。とりあえずそれだけは良かった。
「あの、お名前をお伺いしてもよろしいですか」
「お前に名乗る名前などない」
私じゃなけりゃあ取っ組み合いの喧嘩になってしまうだろう言い草。別におでこに血管は出てないから怒ってない。
彼が言いたいのはもうお前は俺の名前を知ってるんだから名乗らなくても平気だろう。てきなあれだと思う。どうしてこんな翻訳機能が備わっているかも不明だがそんな気がしてきた。
「麓まで送ろう」
夢の中ではここで私は麓の町に戻らず、彼について行く決意をしていた。
「はあ……」
あれは、自分の身くらい自分で守りたいっていう気持ちと、誰かを助ける力をつけたいという気持ちを持ってのことだった。けれど、私は
「一人で山を下ります。私のためにあなたを足止めするわけには行きませんから」
「しかし」
「私は平気ですから。」
富岡さんを見送ってから自分も山を下りはじめた。記憶が曖昧なので道があっているか分からないがまあなんとかなるでしょ!
全然追いつけないけどとにかく跡を付け回して、結局根負けした富岡さんに鱗滝さんを紹介されたんだっけ。
夢は風景とともに後ろの方へ置いていかれる。
ひたり、ひたり。後ろから追いかけてくる音が聞こえる。
「なにか落し物でも……」
そこには異形の鬼がいた。筋骨隆々な下半身と木の枝をつなぎ合わせたような上半身。アンバランスな体格が暗闇と混ざって余計に恐怖を感じる。
気づけば走っていた。靴もないので足裏がいたんだ
「うそ。前はいなかった」
じゃん。言い切る前に声は消えた。
痛みの海に沈んでいく中に、どうしてだろう。誰かの声が聞こえた気がした。
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