少し落ち着いたなまえさんは鼻を啜りながら目元をハンカチで拭っていた。その後、墓地内にあるベンチに腰を掛けて少し話す事になった。
「ごめんね。千冬くんの事責めてる言い方しちゃって。千冬くんの方が辛いのに大人気なかったね」
「責めてくれていいっすよ。それでなまえさんが少しでもスッキリするなら」
「千冬くんは優しいね。モヤモヤをぶつける先が無くて千冬くんに当たっちゃった。本当ダメだね。千冬くんに甘えちゃう」
なまえさんは目を潤わせながら申し訳無さそうに俺に謝った。優しい俺に甘えてしまうなんて嬉しい言葉まで聞けて、不謹慎ながら心が舞い上がる。
「これからも甘えてくださいよ。俺、なまえさんの事なら何でも受け入れます」
「ふふっ、ありがとう」
さっきまで感情的になって気持ちが爆発していたなまえさんも、漸くいつものなまえさんに戻ってきた。
「場地さん、最後に俺に「なまえを頼む」って言って息を引き取りました」
「…え?」
「最後の最後に思い出すくらいなまえさんの事が大事だったんすよ」
「圭ちゃん…っ」
先程まで治りつつあったなまえさんの涙がまた溢れているのが見えた。あんまりなまえさんを泣かせると場地さんにぶん殴られるから言おうか迷ったけど、これだけはなまえさんに伝えておきたかった。
「言葉にはしないっすけど、場地さんはいつもなまえさんの事守ってました。場地さんみたいに強くねーけど、俺は俺なりになまえさんの事これから守ります。場地さんに託されたのもあるけど、俺の意思でなまえさんを守りたいって思ってます」
なまえさんは再び目元の涙を拭った後、空を見上げながら言葉を繰り出した。
「圭ちゃんがね、前に千冬くんの事凄く褒めてた。『千冬は優しいけど芯がブレないし男気もあって隣に置ける信用できる男』だって。圭ちゃんが言ってた事は本当だなってつくづく思う」
「俺はそんな出来た奴じゃねぇっすよ」
ずっと尊敬してる場地さんが俺のいないところでそんな風に言ってくれてた事がすげぇ嬉しかった。俺よりも場地さんの方がもっと優しくて男気のある人なのに、俺はそんな場地さんに認めてもらった。大袈裟かもしれないけど、俺にとってその言葉はこれからの生きていく糧になりそうだ。
「信じてる人はぜってぇ裏切らない、それだけは心に誓ってます」
なまえさんはニコりと微笑んで俺の目を見た。
「千冬くんは変わらないでね」
綺麗な瞳に見つめられ俺も目が離せなくなった。そして、切実に訴えるその言葉の重みに俺はまだ気づいていなかった。
「千冬くんはそのままでいて」
「…俺は変わらないっすよ。なまえさんへの気持ちも」
なまえさんは安心したように微笑んで立ち上がった。
「帰ろっか」
俺達は最後に場地さんに挨拶をしてから墓地を後にした。
「また泣きそうになったら俺に連絡してください。なまえさんに甘えられると嬉しいんで」
そう言うとなまえさんは今日見た中で一番の笑顔を作ってくれた。
「ありがとう、今日千冬くんと話せてよかった」
「俺もなまえさんの顔が見れて良かったっす」
なまえさんの家の近くに来て、ふとあの日の事を思い出した。
「あ、あの。一つ聞いてもいいっすか?」
「ん?どうした?」
「三ツ谷くんと付き合ってたりしますか?」
なまえさんの家の玄関で三ツ谷くんがなまえさんを抱きしめた光景が、今だに鮮明に脳内に残っている。本人から真偽を聞きたくて思い切って聞いてしまった。
なまえさんは俺の目を見てハッキリと言った。
「タカちゃんとは付き合ってないよ」
端的に一言だけ言葉にしてくれた。そもそも告白されていないのか、付き合って無くてもなまえさんは三ツ谷くんが好きなのか、これから付き合う可能性はあるのか、マイキーくんから聞いた過去の事が関係してるのか、聞きたいことは山ほどあるけど、なまえさんのハッキリとしたその言葉の所為かそれ以上は聞けなかった。
「そうなんすね」
なまえさんからも言葉が出なくなったのか、それ以上特に話すことがなくなったのか分からないが、俺たちの間には静かな空気が広がった。
「俺、どんななまえさんでも受け入れるし好きでいます」
「どんなわたしでも?」
沈黙を破ったのは俺で、ストレートになまえさんに気持ちをぶつけた。けどその回答を聞いてやっぱり過去の事を引きずっているんだと気がついた。
「どんななまえさんでも、です」
なまえさんは少し顔を俯かせ何かを考えていた。けど、その後に上げた顔は穏やかな表情ではなくどこか辛そうな表情をしていた。
「ありがとう」
彼女の闇を取っ払ってあげる事が俺にできるか、正直全く自信がない。