47





なまえに「まだ忘れられへん」と言われ、俺も気持ちを打ち明けてしまう寸前だった。あのまま担任が来ていなかったら、恐らく俺はなまえに「同じ気持ちだ」と伝えてしまっていただろう。そんなの、なまえの事を困らせるだけなのに。

いつから俺はこんなに気持ちが弱くなってしまったんだろう。なまえと付き合うまでは、確実にこんな面倒な事を考える人間ではなかった。告白されて付き合っても大して相手にせず振られ、そんな恋愛が面倒でいつしか付き合う事にすら憧れを持たなくなった。男友達といる方が何倍も楽しくて気を遣う必要もない。そんな俺を変えてくれたのは紛れもなくなまえで、むしろ今後もこんな気持ちにさせてくれるのはなまえだけなんじゃないかとも思っている。

翌日、最近よく絡んでくる新実さんが朝から俺に話しかけてくる。おかげで「新実とええ感じやん」と最悪な勘違いまでされて、本当にいい迷惑だった。好意を向けられる事は悪い事じゃない。それはわかってるけど、今の俺からするとなまえ以外の好意は無駄で不必要なものだった。

「角名くん、昨日電話ありがとう!楽しかったわ〜」
「え?あー、うん」

部活帰り、1人歩いている時に新実さんから電話があって、スマホをいじってる最中だったので突然着信画面に変わった際に通話ボタンを押してしまった。
そこから10分ほど話して、寮に着いた事を理由にこちらから通話を切った。大した話は何もしてないし、むしろ新実さんが一方的にその日あった事を話していたのを聞いていただけだ。それをあたかも『楽しい電話をした』ようにクラスの皆んなに聞こえるように話すあたり、やはりこの子にはハッキリと言わないと厄介なことになりそうだと悟った。

なまえも教室内聞いて、恐らく今の会話も聞こえていただろう。昨日なまえに何もないよといったばかりなのに嫌になる。中途半端な奴って思われねぇかなと不安になってしまう。俺から別れを告げたはずなのに、本当にチグハグな事してるのは分かってる。

「また電話しような!」
「あー、ごめん。俺好きな子に勘違いされたく無いから、用事がないなら電話はやめとく」

俺がハッキリと新実さんに伝えると、クラスの人たちはやっぱり聞き耳を立てていたのか一瞬静かになった。新実さんは学年でも可愛いと言われている方だと思う。もちろんなまえの方が人気だし学年を越えて学校中から評判があるけど。そんな新実さんが遠回しに振られている現場は、それはもう空気が冷えたように静まり俺までこの場から消えたくなった。

その空気から助けてくれたのは治だった。

「角名ぁ。飲み物買い行かへん?」
「うん。じゃあね」

何もなかったかのように新実さんに挨拶して、そそくさと教室から退室した。

「治ありがとう。助かった」
「ほんまお前、場所考えてや。教室の空気凍っとったで」
「いや、だってなまえに聞かれてたし。あの場で盛って話す新実さんも悪いでしょ」
「お前ほんまなまえ以外はゴミと思っとんのか」
「そんな酷い奴じゃないよ」

治とそんな話をしながら別に要らない飲み物を買いに行き、どうなってるのか分からない教室へ向かう。教室からはいつものみんなの声が聞こえてきて、空気も戻ったのかと少し安心した。

教室に入ると1番に目に入ったのはなまえの席に立ってる侑の姿だった。侑は俺となまえが別れてから随分と積極的になっている。少し前まで付き合ってると噂されている程だった。

「なまえちゃん今度クレープ食べ行かへん?駅に美味いとこあるらしいんやけど」
「そうなん?ええけど絵麻達も一緒でええ?絵麻とクレープ食べたいって話しててん。な?」
「え?あ、うん。そうそう」

侑は男気あるし顔もかっこいい。正直俺よりも魅力が詰まってると思う。

「なまえちゃんと2人きりが良かったんやけど、まぁそれは今度でええわ。なまえちゃんのそうゆうしっかりしたところ、ほんまええよな。好きやわ〜」
「全然しっかりしてへんよ。けどありがとう」

なまえは侑の好きをスルーしていたけど、侑の積極性はいつかなまえの気持ちを掴むのでは無いかと怖くなる時がある。別れた身ではあるものの、なまえが他の人と付き合うのを見るのは正直かなりキツい。マジで俺何したいんだよ。

「ツムまた1組来とるやん。友達おらへんの?」
「うっさいわ!全員友達や!」
「ほんならお友達のところ帰れや。うちのクラスに猿はいらんねん」
「誰が猿や!」

治と侑はいつもの喧嘩をしながら侑は教室を出ていくと同時に、治と俺はなまえと結城さんのところへ行った。

「ツムが何か騒いどったな」
「侑くんがクレープ行こうやって。なまえの事誘っとったけど、なまえがうちと治も巻き込んできた。もうこうなったら角名くんも来てもええんちゃう?」
「え、じゃあ俺も行こ」
「ほんなら内緒で銀も誘おうや」
「侑キレそうだね」
「大勢の方が楽しいしええやん」

治と俺と結城さんはニヤニヤしながら話していると、悪気がないなまえも話に入ってきた。

「なまえがそう言ってるんやし、侑くんも何も言えへんやろ」
「ほんまツムはなまえに振り回されとっておもろいな〜」

治カップルは侑をネタにケラケラと笑っていた。治達が楽しそうに話していると、なまえが俺に話しかけてきた。

「倫太郎もクレープ好きなんやね」
「え?あー、まぁ嫌いでは無いし。美味いところって言われたら気になるじゃん」
「ふふ、久しぶりに倫太郎と出掛けるの楽しみやわ。2人やないけど」

別れてからまだ3ヶ月ほどしか経ってないけど、俺はもう限界かもしれない。やっぱりなまえの彼氏でいたいと思ってしまう。手放したのは間違いだったと後悔してしまう。俺はやっぱりなまえしかいないと確信してしまった。

「ねぇ、明日2人でお昼ご飯食べない?」
「ええの?」
「話したい事がある」

なまえは何を言われるか分からないのか不安そうで、でも少し嬉しそうに頷いていた。








BACK
TOP