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稲荷崎はその後も勝ち進めたが決勝で惜しくも負けてしまい、結果は2位となった。稲荷崎は治くんが不在で万全の体制ではないとはいえ、侑くんは悔しそうに唇を噛み締めていた。彼からしたら優勝以外は価値がないのだろう。侑くんのバレーへの熱意はやはり桁外れの気持ちだと思う。倫太郎も少しだけ悔しそうな表情をしていた。
倫太郎へ労いのメッセージを送り、私達はひと足先にバスに乗り兵庫へ帰った。
倫太郎から「IH終わったから4日間部活休みになった」と連絡があり、何やらバレー部いつメンで夏っぽい事をしたいと話しているらしく、よかったらなまえもおいでとのお誘いがあった。もちろん絵麻にも声を掛けているようだった。
そして急遽明後日、いつものメンバーで海に行く事になったため、絵麻も明日水着を買いに行く事にした。
「絵麻どんなやつ買うん?」
「どうしよ。シンプルなんがええかな〜。どシンプル黒とか」
「あー、っぽいわ。私どうしよ」
「なまえは白のクロスビキニとかええんちゃう?下は花柄とかの。今流行っとるやん」
「倫太郎に露出ありすぎんの嫌言われてんねんけど」
「海誘う時点で無理やろ。角名くん残念やな」
「えー、怒られるの私やねんけど。ラッシュガードも買えばええかな」
何となくお互いに買いたい水着を考え、お目当てのお店へと向かう。ショッピングビルに入ると、外との温度差で体がやられそうな程の冷気が2人を包む。8月に入ると夏物は安くなるタイミングという事もあり、お目当ての店の水着もどうやら安くなっているようだった。
お互いに目星の物を手に取り、面倒くさがりの私達は試着をせずに購入する。私は絵麻が言っていた通りの白のクロスビキニと下は花柄の水着、絵麻は黒のハイネックビキニにしていた。
お互いに満足のいく水着が思ったよりも早く買えたため、久しぶりにカラオケに行って3時間楽しんだ。
「ほんまなまえ歌上手い。なまえの西野カナは天才やわ」
「絵麻やってAKBのダンス完璧やん」
「誰が宴会芸や」
「そんなん誰も言うてへんけどな」
明日の海も朝は割と早めのため、絵麻とは夕食前に帰る事にした。倫太郎から絵麻と別れたら電話しよと言われたので電話をかける。
「もしもし?倫太郎、いま大丈夫やった?」
「うん、大丈夫。結城さんと解散したの?」
「そう。カラオケも行ってきてん」
カラオケの事や水着の事を粗方話した後、明日の話になった。
「明日絶対ラッシュガード忘れちゃダメだよ」
「もちろん。焼けたないし」
「指輪もね。あと俺と手ずっと繋いでおこうね」
「指輪は倫太郎もやからね?手はええけど手汗かいても何も思わんといてね」
それからも「絶対に1人にならないで」「男の人に声掛けられても無視して」「侑の前でラッシュガード脱いだらダメ」等いろいろと注意事項を述べ、挙げ句の果てには「明日全身にキスマ付けていい?」や「俺の名前を首元に刺青入れて欲しい」等と正気じゃない事を言っていた。
けど、総じて心配してくれてるのは理解した。せめて「絶対に1人にならない」だけは守ろうと決めた。倫太郎に不安になってほしくないのも事実だ。
翌日駅でみんなと待ち合わせて海へ向かう。ちょうどお盆シーズンのため海は午前中から大賑わいだった。宮家と銀島くんが持ってきたテントとレジャーシートを広げて、自分らの場所を確保する。割と海から近めのいい場所が取れた。
みんな水着を既に着て来ていたため、男の子達は服をその場で脱ぎすっかりと海モードのテンションになっていた。私と絵麻はビーチテントの中で服を脱ぎ、日焼け止めを塗り合いラッシュガードを羽織る。
「…なんか俺見たらアカンところ見た気がするわ」
「は?侑何想像してんの?」
「…アカン、角名の顔がやばい」
「後でツム埋めたろか」
「なんでや!冤罪やろ!」
「君たちほんま元気やね」
おまたせ、と言ってギャーギャー騒いでいる男の子達の元へ行くと、銀島くん以外の3人は目をキラキラさせて凝視していた。
「なまえちゃんほんっっっまかわええ!」
「絵麻むっちゃ似合ってるやん。ほんま綺麗」
「なまえ、今日は本当に俺から離れないでね。あとラッシュガードもチャック閉めよ。可愛すぎる。他の人に見せちゃダメ。侑も見んな」
そう言って倫太郎は私のラッシュガードのチャックを閉め、そのまま恋人繋ぎをする。
「ふふ、倫太郎もかっこええね。逆ナンされても着いていったらあかんよ?」
「なまえとずっと一緒にいるのに逆ナンなんてされないよ。大丈夫」
「ほんま気持ちええくらいバカップルやな」
そして、侑くんと銀島くんは颯爽と海へ走っていった。まだ11時前だけどかなり暑くて冷たい水に入りたくなる気持ちはよく分かる。私達もラッシュガードを脱ぎ浮き輪を持って海へ向かう。
倫太郎から何でラッシュガード脱ぐの!と怒られたけど、海から上がった時に体が冷えるからと言うと、さらに手を強く繋がれた。
「うち泳がれへんから、治に引っ張ってってもらわなあかんわ」
「任せとき。沖まで行こか」
「浅瀬でええよ。遠くまで行くと疲れるやろ」
絵麻と治くんは2人でスィーっと泳いで行ってしまった。
「俺らはどうする?なまえ泳げるの?」
「うん。水泳は習ってたから結構得意やねん」
「じゃあゆっくり沖の方まで行っちゃう?あんまり遠くまでは行かないようにして」
「倫太郎疲れへん?大丈夫?浮き輪に捕まっててもええからね」
私達は沖の方までゆっくりと泳いでいく。
「あ、侑と銀あそこにいる」
「ほんまや。ゴーグル着けてガチ泳ぎし出してるやん」
「あいつら疲れ果てて帰りの電車絶対寝るじゃん」
プカプカと泳ぎながら周りを見渡したりしていると、いつの間にか周りに人は少なくなっていた。ここの海水浴場はちゃんとネットが張られているため、沖に出過ぎないようになっている。浅瀬で遊ぶ人が多いためか、少し深いところに来る人も少ないようだった。
少し疲れた倫太郎が浮き輪に寄りかかると、思ったよりも近くに顔があった。
「疲れた?大丈夫?」
「疲れた。浮き輪に入ってもいい?」
「うん、ええよ」
大きな浮き輪で人2人程度は入れるサイズだったため、疲れた倫太郎を浮き輪に入れた。
大きめの浮き輪だったけど、思ったよりも窮屈で浮き輪の中はバックハグの状態で密着していた。
「倫太郎ガタイええから思ったよりも狭くなるんやね」
「ね。でも密着出来たからラッキー」
「ちょ…っ!胸揉まんといてよ!」
「あー、やばい。素肌に触れて興奮して来た」
そう言いながら、みるみるうちに倫太郎の下半身が大きくなっていた。
「あー、なまえの水着姿可愛すぎて本当に誰にも見せたくない。さっきも浜辺でなまえの事ジロジロ見てる男いたから、本当に気を付けてよ」
「倫太郎が隣におるなら大丈夫やろ?」
「あー、もう本当可愛い。エロい」
「っだから!胸揉まんといてって!」
その後私達は浅瀬へ向かいテントへ戻ると、他のメンバーも戻って来ていた。
「なんやー、角名達イチャついとったんか」
「うん。正解」
「腹立つわー!」
そう言う侑くんは片手に美味しそうなかき氷を持っていた。
「かき氷ええね」
「俺らもかき氷買ってくるか」
「そうやね。絵麻達も食べる?」
「うん。うちらも行く」
私達と治くんカップルとでかき氷を買いに行く。買いに行く途中、すれ違ったお姉さん達に「美男美女カップル」と言われてテンションが上がった。
治くんも倫太郎も身長が高くガタイも良い、そして何より顔が整っていることもあって、女の子達からの視線がかなり集まる。きっと女子2人がいなかったら声掛けられてたんだろうなと、心の中で勝手に少しだけ不安になった。
その後、かき氷を食べてからも海に入ったり海の家で飲み食いをして時間を過ごす。ビーチボールのコートがあったため男の子達が2対2で遊んだりと海を満喫した。
倫太郎は本当に私の隣から離れる事は無くて、お手洗いの時も公衆トイレの入り口前で待っててくれたりと、いつも以上にベッタリしていた。
「さっき倫太郎と撮った写真、SNSにあげてもええかな?」
「もちろん。俺もあげるし。なまえがSNSに写真あげるの珍しいね」
「ええ写真撮ってくれたし、たまには倫太郎の彼女ってアピールしたいやん」
「わかる。俺もなまえの彼氏って見せ付けたくてあげてるからね。友達から調子乗んなってコメント来るけど」
倫太郎はよく私との写真をSNSにアップしている。私はそう言った事が疎いためあまり写真をあげない、というか、使いこなせないと言った方が正解かもしれない。けどたまに倫太郎との写真をあげると、かなり良い反響があるのが嬉しい。
「そろそろ疲れて来たし帰るか」
「せやなー、電車で寝そうやわ」
「ツム寝てても起こさんからな」
「なんでやねん!薄情やな!」
荷物を纏めた後に男女分かれて更衣室へ向かいシャワーや着替えを済ませる。絵麻と一緒のタイミングで更衣室から出ると、大学生くらいの男4人に囲まれた。
「あ、やっと出て来た。俺らずっと海で君たち狙っててんけど、番犬がずっとおったで声掛けれへんくて」
「近くで見るとほんまかわええな〜。自分らいくつ?この後俺ら近くの穴場で花火すんねんけど一緒に行こうや」
「俺ら普段ナンパとかせぇへんのやけど、君らがタイプ過ぎて声掛けな帰られへんな〜って話しててん」
「一緒におった子達に内緒で俺らと遊ばへん?ほんまに手とか出さへんし」
男の人たちは畳み掛けるように声を掛けてくる。見た目は派手と言うよりは爽やかな人達だけど、明らかにチャラついていて女慣れしている感が漂っていた。
「彼氏待ってるんで」
「一緒におった子彼氏?なんやパッとせえへん彼氏やん。俺の方がかっこええやろ」
私が彼氏がいると言いこの場から離れようとすると、1人の男が腕を掴んできた。しかも倫太郎をバカにするような言葉を口にして。
「は?こっちの子は俺が狙う言うたやろ。お前横入りして来んなや」
「俺もこっちの子のがタイプなんやからええやん。3Pにしてや」
「…挿れんのは俺が先やからな」
小さい声のつもりなのか、ドン引くような会話が目の前で交わされて、絵麻も私も早く逃げないとと焦りが募った。さっき「手出さへん」とか言いながらよくこんな会話が出来るな、と軽蔑した目で彼らを見つめてしまった。
男女の更衣室は真隣ではなく、少しだけ離れた場所にあり倫太郎達が女子更衣室まで足を運ばないときっと助けてくれないだろう。そして、最初に声を掛けられてからジリジリと距離を詰められていて、いつの間にか更衣室横の人通りが少ない場所へと移動している事に今気がついた。
「…ほんまに彼氏が待ってるんで行かせてください」
「ほんならせめて連絡先でも交換しようや。また別日にご飯行こ」
しつこいほどに離してくれない男の後ろから、見慣れた姿が現れた。
「なまえ見つけた。こんなところで何してるの?浮気?」
「絵麻も。全然戻ってこうへんから迎えに来たわ。…そこのお兄さん達と何話してたん?」
「まーた、うちの2TOP美女は声掛けられてたんか」
いっそ連絡先交換してすぐにブロックするのが1番ええかなと考えていたところに、聞き馴染みのある声が聞こえて来た。倫太郎も治くんも侑くんも心配して来てくれたんだろう。私と絵麻は安心で泣きそうな顔になる反面、男の人達は自分たちよりも背の高い大男の登場に体を硬直させていた。
「あー、とりあえず。俺の彼女の触るのやめてもらってもいいっすか?」
「ほんまや。何なまえちゃんに触れてんねん。さっさと手離せやボケが」
「離さへんのやったら大人の人呼んできますけど」
治くんの一言で面倒ごとにしたくない男の人達は、「な、何やねん。シラけるわ」と泣き言に近い事を呟きながらこの場を去っていった。
「あの人ら俺らのテントの近くにいてずっとなまえと結城さんの事見てたから警戒してたんだけど、まさか女子更衣室で張ってると思わなかった。爪甘かったね、ごめんね」
「絵麻もなまえも来るの遅れてスマンかったな」
「何もされてへんか?」
警戒心持てと怒られるかなと思っていたら、みんな私達の事を心配してくれていた。倫太郎達が謝る事は何もないのに。
「いや、ほんまこっちが謝らなあかん事やから…助けてくれてありがとう」
「ほんまにうちらは何もされてへんよ。迷惑掛けてごめんな」
「そんなしょげなくてええよ。無事やったんやから。荷物番してる銀も心配しとったから早よ戻ろか」
その後、心配してくれていた銀島くんと合流して電車で帰ると、予想通り私と倫太郎以外は爆睡していた。
「侑…治の肩に寄りかかってる…っほほ…」
倫太郎は声を抑えながら肩を震わせて笑いつつも、しっかりと写真に収めている。解散後にしれっとグループチャットに貼り付けるらしい。
「皆んなで夏っぽい事できて楽しかった〜」
「ね。祭りとかも行きたいけど、部活がどうかな」
「祭り行けるなら行きたい!バレー部の部活終わりで行けたら一緒に行かへん?」
「うん、俺も行きたい。帰ったら部活のスケジュール見てみる」
倫太郎とこれからの事を話してる時間が大好きだった。楽しみを作れる幸せを噛み締めながら、倫太郎の手を握る。
そしてみんなが起きるまで、倫太郎と私はスマホで過去に撮った写真や動画を見て笑ったり、2人の時間を楽しんだ。
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