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結局夏休みはあの日以降倫太郎と夏らしい事は出来ず、あっという間に涼しい時期に差し掛かった。
今年の体育祭はうちのクラスのエース級メンバーが怪我や体調不良でこぞって不調だったため、優勝には程遠い結果となった。ただ、今年は倫太郎を堂々と応援できたため、去年葉月に作ってもらった団扇を持参して応援した。
そして体育祭が終わると次にあるのが文化祭。うちのクラスは今年ドーナツ屋をやる事になった。普通のドーナツ屋だとおもんないと言う事で、幼稚園児のコスプレをする事になった。
「ドーナツ屋『イナコードーナツ幼稚園』ってダサすぎやろ」
「捻りなしやもんな。5秒で決まったし」
「イナドって言われるんかな」
文化祭まで残り2週間となり、今は倫太郎、絵麻、治くんと一緒に看板を作りながら喋っていた。
「うちらみんな午前シフトやったし午後一緒に回らへん?」
「おん、ええよ」
「うん、ええね。そうしよ」
「後夜祭はなまえと2人でいるけど」
「それは俺らもや」
去年はクラスの一軍女子の行事へのやる気が凄かったため、準備諸々気合いが入っていた。それに比べて今年のクラスは部活に熱心な子が多く、行事ごとは割と緩めなため私たちも気持ちが楽だった。
「そういや絵麻となまえはミスコン出ぇへんの?」
「え、出ぇへんよ。あんな目立つ企画嫌やし」
「昨日絵麻と一緒に声掛けられたんやけど断った。ミスコンって自分かわええやろ〜って自ら名乗り出るようなもんやん」
「辛辣…まぁでもあながち間違えではない」
「やろ?むっちゃ恥ずいやん」
ミスコン委員会の人達からは「来年も誘う」と言われたが、正直出たい気持ちは一ミリもない。強いて言えば優勝商品が1万円商品券と魅力的なところだけだ。
そして準備も着々と進み、文化祭前日。私達は設営やドーナツの在庫チェック等をしていた。
「明日なまえは髪型どうするん?幼稚園児らしくツインテ?」
「んー、ツインテもありやな〜。お下げもありかなって思ってるんやけどどっちがええかな」
「ツインテ」
「え、角名そうゆう趣味なん…?」
「いや、なまえのツインテってあんま見れないから」
「ふふ、じゃあ巻き髪のツインテとかにしよかな。倫太郎のリクエストやし」
「うちもツインテにしようと思ってたからお揃いやん」
「ほんま?なら、帰りにうさちゃんのヘアゴムでも買って行かへん?」
絵麻達と話していると、クラスの子から「なまえ〜、なまえに用があるって子が来てるで」と声を掛けられた。特に用事に身に覚えがないが、とりあえず廊下に顔を出すと見知らぬ男の子が立っていた。
「あ、あの、突然ごめんなさい。みょうじ先輩に伝えたい事があって」
「あ、えーと。ごめんね。後輩…やんな?」
「あっ!すみません…1年2組の小田桐 翔真っす」
教室内から皆んなが見ている中、この子は緊張した様子で話している。背は高めだけど、いつもバレー部といる所為か特別高いとも思わなかった。そして、背中から感じる倫太郎からの視線がかなり痛い。
「それで用事って何やろ?」
「あの、明日…一緒に写真撮ってくれませんか?」
「へ?写真?」
「ほんまは一緒に回りたいし後夜祭も誘いたいんすけど…まぁそれは我慢します」
この子はわざとなのか教室内にまで聞こえるくらいの声量で話してくるため、教室内の話し声が突然静まり返った。
「写真ならドーナツ3個買ってくれれば指定した人と写真撮れるようになってるから…それでええなら」
「うーん、そうっすよね。今日知り合った男やし、そんな突然特別扱いとかしてくれへんよなぁ…」
最初は緊張でオドオドしていた子が、驚くほどハッキリと言ってくるもんだから戸惑ってしまう。「ま、今はそれでもええか」と小さく呟いてから、また私の目をまっすぐと見つめてくる。
「俺のクラス、ベビーカステラ売るんすけど、特別にみょうじ先輩にサービスするんで!よかったら来てくださいね」
「え、あぁ、行けたら…」
そう言うと彼は満足そうに笑って「ドーナツ9個買うんで3回撮ってくださいねー!」と大きな声で言いながら、一年のクラスへ帰って行った。チラリと教室内に目を向けると、クラス皆んなが憐れんだ目で私を見ていた。
「なまえ、なんや厄介な子に好かれたな」
「あの子、バスケ部の子やろ?一年の中でもかっこええって人気な子やで」
「角名と付き合ってからみょうじさんにあんな堂々とアピールする奴もなかなか珍しいな。しかも後輩やし」
「なまえちゃん息してるだけで罪な女やな〜」
「何でみんな楽しんでんの。他人事やと思って」
「何でもええから角名の顔をいつもの顔に戻したってや」
そう言われて倫太郎の顔を見ると、明らかに不機嫌な表情をしていた。
「り、倫太郎?」
「何?」
「怒ってる?」
そう聞くと倫太郎は顔を伏せてしまった。
「むっちゃ分かりやすく拗ねてるやん」
「でもなまえ悪くないで」
「うるさい」
絵麻と治くんが倫太郎に言葉を投げかけても聞く気は無いらしく、倫太郎は変わらず不機嫌そうだった。
「倫太郎、ちょっと2人で話さへん?」
きっとこの場ではさすがの倫太郎も甘えられないだろうし、2人きりになれば言いたい事を言ってくれるやないかなと思った。
倫太郎も素直に頷き、2人でいつもの資料室へと向かう。資料室に入ると、何も言わず倫太郎は私の後頭部を抱えるようにして熱い口付けをしてきた。倫太郎の気が済むまでキスをすると、突然唇を離して私の首に顔を埋めた。
「アイツ、チラチラ俺の事見てた」
「さっきの子?」
「うん。…なまえは俺の彼女なのに。気移りとか浮気とかは心配してないけど、ただムカついた。さっきは子供みたいな態度しちゃってごめん。なまえが何も悪く無いのは分かってるし、なまえにムカついてるわけじゃないよ」
「ふふ、ええよ。私も逆の立場やったらいい気分はしないやろうし」
「…明日の写真サービス無しにしてって頼もうかな」
「委員長が「稼ぎ柱の4人を犠牲にしたサービス」って言うとったからたぶん無理やない?」
「じゃあせめて接触不可」
「それくらいやったらええかもね」
機嫌が直ったようだったから最後に一度、短めの口付けを交わしてから資料室を後にした。教室に戻ると皆んなから「角名の子守りお疲れ様」と労われ、それを聞いた倫太郎は怒っていた。
「角名のイヤイヤ期は終わったん?」
「うるさいよ」
「モテる彼女を持つと大変やな〜」
「何言うてん、絵麻もモテるやんか」
「なまえには負けるわ」
「明日も楽しみやな」
「写真サービスなんかしなくてもいいのに」
「売り上げのためやからしゃーないやん」
「君たち2人も稼ぎ柱なんやからね」
「いや、俺は違うでしょ」
「え、何言うてんの。角名くんのファン結構おんねんで?なまえがおるからあんまり出しゃばってへんだけで」
「え、そうなん?」
最近は倫太郎の団扇を持つ子を見掛けてないし、露骨にアピールしてる子も見ていなかったからあまり気にしていなかったけど、今でも後輩からなかなかの人気があるらしい。最近の子は本気を出すと彼女がいても平気でアピールする子もいるから、少しだけ不安になった。
「明日、角名くん目的で来る女の子いっぱい来るんちゃう?」
「俺よりもなまえ目的で来る男の方が多そうだけどね」
「それは当たり前やん。稲高のマドンナやし」
マドンナなんて言われた事ないと否定しつつ、倫太郎が女の子とツーショットを撮るのを間近で見ないといけないと思うと少し…いや、結構嫌な気持ちになった。
「倫太郎が他の子とツーショット撮るの、嫌やなぁ…」
私がポツリとそう言うと、3人が同時に私を見つめた。何か変な事でも言ったかなと思いながら黙っていると、倫太郎が両手で顔を隠した。
「俺の彼女、可愛い」
「角名くんが知能レベル低くなったけど、分からんでもない。むっちゃかわええ」
「今の言葉ツムが聞いたら発狂しそうやな」
「なまえ、俺と明日2人でサボる?俺の部屋来る?」
そんな事を話しているうちに、最終チェックが終わったようで皆んな帰る支度を始めていた。今日は全部活休みのため、いつものメンバーで帰る事になった。
「なまえちゃん、明日ドーナツ買いに行くで写真撮ってな!幼稚園児のなまえちゃんむっちゃ楽しみや!」
「きっしょ」
「とりあえず侑は出禁にしとく」
「なんでやねん!しばくぞ!」
「侑くんのクラスは何やるん?」
「俺らのクラスは焼きそばで、祭りモチーフやからみんなでハッピとはちまきすんねん!」
「楽しそうやね。侑くんのクラスって葉月おるやんな?むっちゃ張り切ってそうやな」
他クラスの模擬店の情報を抑えて、明日回るクラスを考えていると、倫太郎が静かに私に声を掛けてきた。
「あの後輩のクラス、行きたい?」
「え?あー、小田桐くん、の事やんな?特に考えてへんかったよ」
「そっか。もし行くなら俺も絶対行くからね。なんなら教室内でチューする?」
「何言うてんの」
倫太郎ならやりかねへんな、と思いながらも少しニヤついてしまった。
みんなで正門を出たあたりで、ちょうど今話してた小田桐くんと遭遇した。
「あ!みょうじ先輩や!また会えるなんて嬉しいっす!ほんまいつ見てもかわええな〜」
「あ?誰やねん、こいつ」
「ちょ、侑くん!この子後輩やから」
「みょうじ先輩、別に気にしてへんから大丈夫っすよ。俺、みょうじ先輩にしか興味あらへんし」
「は?なんやねん、こいつ」
「ちょ、小田桐くんそんな言い方…」
「あのさぁ」
小田桐くんが侑くんに強気な態度をして、焦る私に対し倫太郎が冷静な声で間に入る。
「前も思ったんだけど、俺に挑発してる?まぁ何でもいいけど、俺の彼女困らせるのはやめてくれないかな」
「挑発ってより、宣言っすかね?俺もみょうじ先輩狙ってますよって。ま、でもみょうじ先輩困らせるのは嫌やから、それは控えますね」
みょうじ先輩また明日楽しみにしてます〜!と呑気に手を振って、小田桐くんは学校を後にして行った。
「なんやねん、アイツ。むっちゃ腹立つ」
「侑くんも倫太郎もごめんな。嫌な気分になったやろ」
「なまえちゃん悪くないやん。アイツの性格が終わっとんねん」
「ツムに言われたないんやない?まぁアレは終わっとったけど」
「やっぱり明日1年2組行ってチュー見せ付けよ。深いやつ」
「せ、せぇへんよ!?」
拒否はしたものの、小田桐くんのあの態度は正直困ってしまうのも事実だった。彼には、今後トラブルになる前にキッパリ言うべきと判断し、早めに彼に伝えようと思った。
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