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文化祭当日、倫太郎ご要望の巻き髪ツインテのために、家で丁寧に髪の毛を巻いて登校した。さすがに家からツインテするのは気が引けたため、教室で髪の毛を結んで衣装を着替えると、クラスの子からは絶賛の声が上がり私の気分も高まった。
「俺の彼女、やっぱりめっちゃ可愛い」
「倫太郎も似合ってるやん。かわええ」
「いや、角名似合ってるか?こんな冷めた目してる幼稚園児嫌やわ」
「治うるさいってば」
午前の部が始まり、うちのクラスは早いうちから繁盛していた。多くは写真目当てらしく、バレー部2人とありがたい事に私と絵麻目当ての人も多く来てくれていた。中には「角名カップルに挟まれたい」と言ってくれる子や、「治くんカップルと角名くんカップルと撮りたい」と言ってくれる子までいた。
「なまえちゃーん!来たでー!30個買うで10枚撮ってや!」
「あ、出禁のお客様。お出口はあちらです」
「おい!角名ぁ!しばくでほんまに!」
少し波が引いた頃に侑くんと銀島くんが来てくれた。
「侑くんありがとな〜。でも、ドーナツは1人9個で写真3枚までやねん」
「そうなん?じゃあ9個で!ほっぺにチューの写真はアリですか?」
「ここ、そういうお店やないんでお帰りください」
「写真を撮る時、異性なら5センチ離れて立ってくださいね」
「なんやねんこの店!厳しすぎやろ!」
「入り口の規約に同意が得られない場合は、即刻退場をお願いしてます」
「おい!サムと角名の俺に対する接客態度なんやねん!腹立つなぁ!」
バレー部の仲良しメンツでギャーギャーと騒いでいるのを、後ろの女の子達は眼福を味わっていた。
「うるさくてごめんなぁ…」
「ははっ、面白くてええやん。銀島くんは誰と写真撮りたいん?」
「えー、ほんなら治と角名」
「お、銀からの指名だ」
「しゃーないな。チューでもしたろか」
「そんなんしたら口コミ低評価付けるで」
「どこのサイトに評価付けんねん」
私は侑くんと3枚撮り、倫太郎と治くんは銀島くんと肩を組んで写真を撮っていた。侑くんは絶対待ち受けにすると大いに喜んでくれていた。
午前の部終わり掛けに、今問題の小田桐くんが友達と来てくれた。
「なまえ先輩!ドーナツ9個ください!」
「あ、うん。写真はどうする?」
「もちろんなまえ先輩で!」
昨日まではみょうじ先輩と呼んでいたのに、いきなりなまえ先輩呼びに変わっていた。倫太郎がみるみるうちに機嫌悪そうになるのを横目に、写真スペースに移動する。
「入り口の規約に書いてある通り、異性なら5センチ離れて立ってくださーい」
侑くんの時と同じ対応でそう言って、倫太郎は丁寧に5センチ測っていた。
「5センチって前後でもええですよね?なら、俺なまえ先輩の後ろに立ちます」
「え?」
「は?」
前後5センチは正直すぐ近くに感じた。もちろん私には触れてはないものの、すぐに抱きしめられそうな距離感だった。倫太郎もこれにはイライラしたのか、いつもより目を細めていた。
3枚撮り終わると彼は満足気に微笑み、みんなに自慢しよ〜と足早に教室を出て行った。
それからと言うもの、倫太郎の機嫌はなかなか直らずで大変だった。午前の部が無事に終わり、制服に着替えて絵麻達と校舎を歩く。
「また角名のイヤイヤ期か」
「まぁ、あれは嫌やろな」
治くんと絵麻がヒソヒソと、でも私達に聞こえる声で話している。倫太郎は私の手をガッチリと掴みながらどんどんと歩いていた。
「倫太郎、どこに向かってるん?」
「ん?1年2組」
ほんまにチューする気なのかは分からないけど、きっと何かをするつもりなんやろなと察する。治くん達も着いてきていて、4人で1年2組へ行くとクラス内が少しざわついたような気がした。女の子の1人が小田桐くんに「みょうじ先輩来たで」と声を掛けると、小田桐くんは持ち場を離れて入り口まで来てくれた。
「なまえ先輩!来てくれたんすね!むっちゃ嬉しいわ〜。カステラサービスしとくんで!」
「ねぇ、君さ。なまえの好きなところどこ?」
私が返事をする前に、倫太郎が突然小田桐くんにそう言う。
「え?なんなんすか、急に」
「言えない?俺は言えるけど」
「…なまえ先輩は最初一目惚れやったんです。けど、チア部の厳しい練習でも笑顔なところやったり、体育祭を本気で取り組んでたり、友達と口開けて笑ってたり。目で追う度にいろんな表情になるなまえ先輩を見てたら、胸が痛くなるくらい気持ちも持ってかれとったんです。正直2人きりで話した事とかそんなんあらへんし、角名先輩ほどなまえ先輩の事は知らへん。けど、いつの間にか手に負えへんほど好きやなって思うようになって」
「…そっか。俺と似てるね」
「え?」
「俺も、なまえ好きになったのってそんな感じだったから」
倫太郎は最初に比べて優しい表情をしていた。
「…ほんまは分かってますよ。角名先輩に敵わへん事くらい。なまえ先輩が1番かわええなって思う時は、絶対角名先輩が隣におるから」
小田桐くんは倫太郎と私の繋がれている手を見ながら、小さな声でそう言った。
「俺やったらそんな表情にさせてあげれへんやろなって事も分かってます。けど、少しでもええから俺の事見て欲しくて。俺の気持ち分かって欲しくて。あわよくば伝わればええなって。ほんま自分勝手ですみません」
「…小田桐くん、ありがとうね」
「どうせやったらフってくださいよ」
「ははっ、そうやね。ごめんな。私、倫太郎の彼女やから」
「俺こそすみませんでした。これからはなまえ先輩のファンでおります」
そう言うと教室内からベビーカステラひとパックを持って来て、私にそのまま手渡してくれた。
「角名先輩に嫌な気持ちにさせたお詫びとサービスです。食べてください」
「いや、お金は払うよ」
「ほんまに代金はいりません。受け取ってくれな、また嫌な事言うてまうかも」
「えぇ…極端…」
お言葉に甘えて私たちは受け取り、小田桐くんはスッキリした表情で持ち場へ戻って行った。
「なんや、修羅場になるかと思ってビクビクしたわ」
「あの子なんかかっこええな。角名よりええんちゃう?」
「治?」
「ジョ、ジョークやんか〜そんな目せんといてや〜」
「なんかあの子も侑くんみたいになりそうやな。厄介オタクみたいな」
「侑くんにも小田桐くんにも失礼やな」
その後は回りたいところを一通りし、フラフラとしながら時間を潰した。片付けの時間に近付き一旦クラスに戻ると、うちのクラスは途中でドーナツを完売したそうで早いうちから片付け作業に入っていた。そのためもうほとんど片付けも終わっていた。
「午前の部、うちのクラスTOP4のなまえ達をセッティングして正解やったわ」
「なまえ達のおかげで午前で大半が売れたから、午後暇やったのに完売して助かったわ〜」
午前に私達はよく働いたからといって片付けは免除してくれたため、私達は邪魔にならないように空き教室へ避難した。
「みんな進学どうするん?大学?」
写真を撮ったり見返したりしてると、突然絵麻がそんな話題を出して来た。そろそろ考えないといけない時期に入って来てるのも事実だけど、まだ私達はお互いにそんな話をした事がなかった。
「俺は大学かな〜。まだあんまり考えれてないけど」
「絵麻は?」
「うちも大学行きたいと思っとるよ。音大行きたいなってなんとなく考えてるんやけど、倍率やばいしまだ考え中」
「俺…はまだ分からへんかな」
「治と角名くんならバレー推薦とか来そうやけどな」
「まぁ、来たら来たで考えるかも」
「なまえは?」
口を挟まずにみんなの話を聞いてると、絵麻からわたしに話を振ってきた。
「私も大学かな。まだ大学自体は全然決めてへんけど、栄養管理系の職業に就きたくて」
「へぇ、ええやん。前から考えてたん?」
「考えだしたんは最近やけど、前から何か資格は取っておきたいとは思っててん」
初めて自分の将来の話をすると、みんな興味深そうに聞いてくれた。
「飲食系に進みたいん?」
「んー、そこまではまだ考えれてへんけど…将来身につく資格がええなって考えた結果やね」
「ええお嫁さんになりそう」
「俺の奥さんご飯美味しいの最高じゃん」
「調子乗るの早いな。浮かれ旦那やん」
「想像したらニヤけたよね」
そう話していると、片付けも終わってきたのか後夜祭に向けてグラウンドに出ていく生徒がちらほら見えてきた。絵麻達は後夜祭に参加すると言って空き教室を後にして行ったため、私らは去年同様に資料室でサボる事にした。
既に空は薄暗くなってきていて、校庭の声が少しだけ聞こえてきていた。
「一年ってあっという間やね。去年の文化祭からもう一年経ったんやな〜」
「ね、あっという間に卒業とかになるんだろうね」
「…私、もしかしたら大学で上京するかもしれへん」
「え?」
前から少しだけ考えていた事を倫太郎には話そうと思っていた。
「さっき話してた件なんやけど、気になる大学が東京にあって。少し調べただけやから関西とか東海にもあるかもしれへんのやけど、今のところええなって思う大学がそこで」
「…そっか」
「けど、倫太郎と離れたくない気持ちもあって。まだ全然決定したわけやないけど、一応倫太郎には話しておこうと思ってた」
倫太郎は私の目をまっすぐと見つめて、真剣な顔をしていた。
「…まだ、先の事過ぎて全然現実味がないというか。けど、なまえの夢は応援したいと思ってる。俺はまだ全然考えれてないけどさ」
「ありがと。あんな、栄養管理の事も倫太郎の事支えたいって気持ちから考えだした事なんよ。…なんて言うたらええのか分からへんけど、私の未来にはずっと倫太郎がおるよって事を伝えたくて」
倫太郎に安心して欲しくて、そう言いながら制服の裾を摘むと、倫太郎は驚いた表情をした後に余裕の無い顔をしながら荒っぽく私の唇を塞いだ。
「俺、マジでなまえの事好き過ぎておかしくなりそう」
一言ポツリと呟き、再び舌先を絡め合い、唇が重なる度に響く甘い音が耳に残った。唇が離れ、熱い吐息を感じながら情感のこもった視線が刺さる。
「俺さ、なまえのために生きるから、なまえも俺のために生きてよ」
「それってプロポーズ?」
「プロポーズは大人になって、養えるようになってからちゃんとするよ」
「ふふ、わかった。倫太郎に私の人生あげる」
「俺、本気で言ってるからね。高校生の戯言のつもりはないから」
倫太郎は心を掴まれるような感覚になる視線で、私に甘く語りかけてくる。洗脳されてるように脳がクラクラと麻痺している気分になった。
「死ぬまで一緒にいよ」
一般的にいう『重たい言葉』ですら、今の私には甘い言葉になっていた。
後夜祭で盛り上がる声は耳に入らないほど、私達は薄暗い資料室で濃密な時間を過ごした。
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