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それからと言うもの、お互いの部活が忙しくなりゆっくりする時間がなかなか取れず、変わらず昼休みだけが2人の時間となっていた。
「バレー部ほんま大変そうやね」
「今は春高に向けて練習量増えてて。しかも俺今年スタメン入りできそうだから、メインメンバーは練習量多いんだよね」
「倫太郎、顔げっそりしてるやん。ご飯とか食べれてるん?」
疲れが溜まってるようで、最近は昼休みも寝ている事が増えた。
「飯は食べてるけど普通になまえ不足でしんどい。触りたい。チューしたい」
「学校で何言うてんの!」
座りながらのバックハグ状態で全体重を預けてきている倫太郎が、小さな声で「布が邪魔」や「ベロチューしたい」と欲をぶちまけてくる。
「なまえは平気なの?」
「…平気やないけど、我慢してるよ」
ボソリとそう言うと、倫太郎は意外だったのか小さく驚く声を上げた。
「やばい、勃ちそう」
「やめてくれへん!?」
これ以上この話題は良くないと思い、話を春高の話題に移した。
「今年の春高もチア部として応援行けそう。しかもな、衣装変わるんやって」
「まじで?えー、楽しみ。試合後とかまた会えそうだったら会おうよ」
「もちろん!わたしらは応援だけやし全然ええよ」
春高まであと1ヶ月。この時は、倫太郎達はいつも通り準決勝くらいまではいくものだと思っていた。
***
月日は経ち、春高初戦の日。稲荷崎は昨年の結果に伴い、シード枠での出場になるという。
「あ」
「あら」
試合前にお手洗いを済ませ指定の席へ向かう途中、なぜか毎年顔を合わせる赤ジャージの彼に遭遇した。
「俺の名前覚えてる?」
「赤ジャージのトサカって事だけは覚えてて…」
「それは見たまんまだからね」
「赤井」
「違う」
「…高橋」
「とりあえず多い苗字言えば当たるだろうじゃないのよ」
「…すみません、覚えてません」
「素直でよろしい」
さすがに何度も名前を忘れているため、多少罪悪感を覚えたが、彼は「黒尾鉄朗。てっちゃんって呼んでよ」と人の良さそうな笑みを浮かべていた。
「フルネームは忘れても、てっちゃんだけなら覚えられるでしょ」
「関西人でもそんな急に距離感縮められませんよ」
「えー、そっかー」
黒尾さんは変わらずチャラそうな話し方で距離を詰めて来るので、これ以上話すのは何となく危険だと察知した。
「みょうじなまえちゃんでしょ?俺は君の名前忘れてないよ」
「あ…はい」
「それじゃ、彼氏くんにもよろしくね」
私はどんな顔をしていたのか、よく分からなかった。彼はやっぱり少し危ない雰囲気があると再認識した。
春高の結果は、稲荷崎高校は初戦であたった宮城県代表の烏野高校という学校に負けた。本当に熱い試合だった。だけど、稲荷崎は敗退してしまった。
応援組も全力で応援した。こんなに胸が熱くなる試合は初めてで、心の底から悔しくて、試合終了と同時に自然と涙が溢れてきた。選手のみんなは、倫太郎は大丈夫だろうかと心配になった。
最後に整列して応援席に頭を下げる選手の中で、わたしは倫太郎にしか目がいかなかった。だけど、倫太郎の視線は上の空のように正気が感じられなくて、真っ直ぐと目の前しか見ておらず、わたしの方を見てはいなかった。
会場を出てからも、空気は変わらずにどこかどんよりとしていた。その時、倫太郎からメッセージがきた。
『このままミーティングしてホテルに向かうみたいだから会えなさそう。ごめんね』
『あと、かっこいいところ見せれなくてごめん』
二言目のメッセージを見て、また涙が溢れてきた。なんやねん、それと誰にも聞こえない声が漏れる。
『お疲れ様』
『ゆっくり休んでな』
いろいろと言いたい事はあったけど、どの言葉も地雷のような気がしてしまい、淡白な言葉で返信してしまった。
そして、倫太郎にしては珍しく、なかなか既読が付かなかった。
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