結局、谷地さんのあだ名の件は保留ということになり、午後の練習が始まった。午前と同じで、ひたすら試合をこなしていくハードな内容に加えて負け続きでこなしたペナルティの数に私が倒れそうになった。
一つ気になったのは、日向が控えに居て試合に出ていなかったことだろうか。あとは、何となくチームの雰囲気が静かだった気がする。


「ありがとうございましたー!」

夕方、私たち烏野高校が帰る時間がやってきた。本当にあっという間の二日間だった。私はほぼ一日しか居なかったけど…。
教室に置いていた荷物をまとめ、体育館前に集まると他の学校の皆が試合を中断して見送りに来てくれた。東京勢はもう少し練習してから帰るそうだ。本音を言えば私ももっともっと東京にいたかった。でも、明日からまた学校があるのでそういうわけにもいかない。こういう時、どこでも一瞬で行けるドアがあればいいのにと切実に思う。誰か作ってくれないかな。まだ見ぬ発明品の開発を願っていると、肩を叩かれ振り返る。ぶにと頬に突き刺さる指。デジャヴ。

「指ツン・ザ・セカンド!」
「そんな必殺技みたいに……」
「ぶっひゃっひゃ!あとで木兎に教えよう」

ぶにぶにと私の頬を突いてくる先輩が「お前やっぱり才能あるわ」と笑っている。何の才能だよ!されるがままに頬をつつかれていると、先輩は「はー、楽しい」と満足した様子だった。私は全然楽しくないけど、嫌な気分にならないのは先輩のキャラのおかげかもしれない。

「次の合宿まで俺に会えないからって泣くなよ、ごんべ子」
「……泣きすぎて脱水症状起こしたら先輩のせいですから」
「いやー嬉しいねー、そんなに想ってもらえるなんて」
「全然心がこもってない!」

私の指摘にハハハと嘘くさい笑い方をする先輩を見上げた。短い時間だったけれど、先輩とは前より仲良くなれた気がする。
目があうと、ふっと表情を和らげてくれたので私もつられて口元が緩んだ。「次の合宿が楽しみです!」と告げると、先輩もニィと歯を見せて笑う。

「俺も」

次の合宿は夏休みだ。しかも期間は1週間!
今度はもっともっと楽しいんじゃないかと期待が膨らんでいく。早く夏休みが来て欲しいな、と強く思った。

「あ、変顔の新作も頼むわ」
「作品じゃないですよ!あ、そういえば先輩、あの変顔研磨さんたちにも見せてたんですよね!?」
「ナンノコトカナ?」

私の言葉にギクリと反応したうえ、あからさまにとぼけているクロ先輩。全く視線が合わないので、先輩の顔の前で手をひらひらとさせて視線の誘導を試みる。

「せんぱーい、私の目をみてくださーい!おーい」
「つかまえた」
「ひっ?」
「なにもそんなに驚かんでも。取って食いやしねぇよ」

ガシッと突然手首を掴まれた私は驚きに固まった。ニヤリと笑みを浮かべる先輩の視線は私に注がれている。あまりにも真っ直ぐ見つめられるとどうしていいか分からない。確かに見てとはいったけど、今度は私が目を泳がせる番だった。

「さてと、お宅の主将に挨拶行きますかね」
「……話反らしましたね」
「んー、ナンノコトカナ」

私の手を離すとクロ先輩は肩をすくめる。先輩の掌で転がされているような感覚にちょっとだけ悔しくなった。そんな私を見てクロ先輩はまた可笑しそうに笑った。


---


「みんな、忘れ物はないですか?」

バスに乗り込むと武ちゃん先生が最終確認を行う。
全員が大丈夫だと返事をしたので、先生は運転席に座って出発の準備を始める。谷地さんの隣に座った私は、行きと違う光景に少しだけ心が弾んでいた。冴子姉さんとの道中も楽しかったけど、こうやってみんなとバスに乗ると修学旅行に来たような気分だ。
後ろからは龍先輩とノヤさんを中心に騒がしい声が聞こえてきて、ますますそう思った。


東京を出発して何時間経っただろう。途中立ち寄ったサービスエリアで軽く夕食を食べ、お土産を買って、それなりに東京を満喫できた。
他の皆は練習の疲れから、ぐっすり眠りについており時々いびきや寝言が聞こえてくる。日向と影山が寝言なのに「ひぃ、すみません」「日向ボゲェ」と会話を成立させていたのにはつい噴き出してしまった。珍しく離れて座っているのに、同じ夢でも見ているんだろうか。

「谷地さん、起きてる?」

私はどうにも寝付けなくて隣に座って船を漕いでいる谷地さんに小声で話しかけてみる。「はぅ!?」と奇妙な返事があって、何故か挙動不審になった谷地さんが私を見上げた。半分寝ていたようで目をしぱしぱさせている。

「ご、ごめん。起こしちゃって…」
「あ、ううん!骨付き肉に圧しつぶされるところだったから、むしろ起こしてくれてありがとうだよ!」

肉に?夢の話かな。もしかして私がその骨付き肉として谷地さんの夢の中に現れたんじゃないだろうか、と少し不安になった。夢って現実の出来事を整理しているっていうし…。

「それより、どうしたの?気分悪い?酔っちゃった?も、もしや私寝ている時に何か…!?」
「あ、いや違うよ。お昼に言ってたあだ名の件なんだけどね」
「う、うん?」
「やっちーだと、ツッキーやグッチーとお揃いで進学クラストリオみたいな感じになるからいいと思うんだ」
「へっ?」

私なりに色々考えてみた結果、ツッキー、グッチーときたらやっちーじゃないかと。だから、やっちーと呼んでもいいかな?と問えば、谷地さんは慌てて口を開いた。

「私はいいけど、月島くんと山口くんが嫌がらないかな!?…特に月島くん!」
「それは大丈夫だよ、ツッキーは何でも嫌がるお年頃だから」
「それってつまり嫌がられるのでは…?」

私が自信満々に親指を立てると、逆に谷地さんは心配そうな表情になっていった。ツッキーは今反抗期だから!谷地さんは納得したのかしていないのか、微妙に頷く。

「チョット。それ、聞き捨てならないんだけど」
「お、起きてたんだ…?」

通路を挟んだ反対側の座席からツッキーの心外そうな声が聞こえ、私はギクリと肩が強張った。
壊れたブリキの玩具みたいに、ゆっくりツッキーの方へ首を向けると寝ているグッチー越しに目が合って、私は苦笑いする。一瞬にして私とツッキーの間の空気が重くなった。

「すみません、月島くん!私なんぞとお揃いだなんて嫌ですよね!?」
「いや、そこじゃないから」

沈黙に耐えきれなかった谷地さんが光の速さで謝罪すると、ツッキーは相変わらず不機嫌そうに言う。明らかに私がツッキーの機嫌を損ねていることは分かっていたので開き直って谷地さんを励ますことにした。

「谷地さん顔あげて!ツッキーを恐れることないよ、ちょっと性格が捻くれてるだけだから!意地悪なだけだから」
「ねぇ谷地さんじゃなくて、その隣で僕に暴言を吐いている君が謝罪すべきだと思うんだけど」

どうかな?と私に投げかけられる言葉の節々からツッキーの苛立ちが伝わってくる。

「……谷地さん、今ツッキーどんな顔してる?」
「えっと……無表情、です」
「…まじか」

谷地さんの言葉で私は観念して謝罪しつつ、何か心に引っ掛かりを感じていた。
ツッキーとは割と話す方なのに、全然距離が縮まった気がしない。今、決定的な何かを感じたはずなのに、それが何なのか分からなかった。谷地さんとはもう部活仲間って感じなのに…。

「うーん……?何だろう」
「何、まだ呼び方で迷ってるわけ?」
「あの、ななし野さん……私さっきのでいいよ?」

私がツッキーの顔を見て小さく唸ると、勘違いした二人がそれぞれ声をかけてきた。違う、谷地さんのやっちー呼びは確定している。今私が悩んでいるのはあだ名のことではなかった。何も言わない私にツッキーが呆れたように言う。

「たかが呼び方でそこまで悩む?」
「いや呼び方って大事だよ!あだ名とか名前で呼ばれる方が親しく感じるし。ね、やっちー」
「あ、ウン!私も東峰さんや田中さんが谷っちゃんって呼んでくれていい人だな〜って思った!」
「だよね!ということで、私のことも名前で呼んでくれると嬉しいと思います」
「わ、わかった!ごんべ子ちゃん…て呼ぶね!」

やっぱり、名前でよばれるとぐっと距離が縮まった気がする。やっちーと小声で盛り上がっていると、ツッキーが小さく息を吐いた。ツッキーには理解できないのかもしれない。だってツッキーが誰かをあだ名や下の名前で呼ぶところが想像できない…。

「…あ!わかった」
「何が?」
「私とツッキーの仲がいまいち縮まらない理由」
「はぁ?」

あんなに積極的にツッキーに話しかけても私の一方通行感が拭えなかった理由が分かってしまった。怪訝な顔で私を見るツッキーをしっかり見つめて口を開く。今、私は難事件を解く名探偵のような気分だ。

「私、ツッキーに一度も名前を呼ばれたことがない!」
「……気のせいデショ」
「いや、そんなことない!」

今まで気にしていなかったけど、思い返してみてもやっぱり呼ばれたことがない!もしかして私の名前知らないとか?いや、それはあり得ないよね…。
いくら私に興味がなくても流石に名前を知られていないとなるとショックで立ち直れない……。さあ、どうなんだ!とツッキーを見つめると黙りこんでしまった。

「……僕、仮眠とるから」

ついにそっぽを向いてしまったツッキーはこれ以上話しかけるなというようにヘッドフォンを装着。え…、本当に嫌われてるんじゃ…?涙目でやっちーを見ると、「きっと照れてるだけだよ!」と励ましてくれたので、素直にそう受け取ることにした。
今までだってツッキーは私に冷たかったし、こういう態度には慣れている。きっと、やっちーのいう通り照れているだけなんだ。そうだ、そうに違いない…。
学校までまだしばらくかかりそうなので、私も少し眠ろうと目を瞑った。

「……」

いや、でも出会って3か月経っても一度も名字すら呼ばれていないって……他人以下じゃない?しかも同じ部活でそこそこ喋る方なのに!
やっぱり納得いかなくて目は覚めるばかり。
やっちーは疲れていたのか窓に頭を預けて眠っていた。後ろからは相変わらずみんなの寝息が聞こえてくる。今、このバスで起きているのは運転手の武ちゃん先生と挙動不審な私だけだろう。
身を乗り出してツッキーの様子を窺うと、彼も目を瞑っていた。

「…ツッキー」
「…」

みんなを起こさないようにこっそり声をかけてみる。でも、寝ているうえに音楽を聴いているため反応はなかった。それは私もわかっていたので大人しく座りなおす。それでも真相が気になってもう一度ツッキーを見た。聞きたい、気になって落ち着かない!何度かツッキーに視線を送っているとケータイが震えた。

"気にしすぎ"

ツッキーからだった。驚いて再びツッキーの方を見ると、スマホを手に相変わらずそっぽを向いている。寝てなかったのか!
すぐに"私の名前ちゃんと知ってる?"そう返信すると、今度はツッキーのスマホがチカチカと光った。そして"バカにしてる?笑"と返ってきたので、私は思わず「してない!」と直接返事をしてしまった。

「チョット、うるさい」
「ごめん」

ツッキーがヘッドフォンを外して、私を咎める。みんなを起こしちゃったかも?と周囲を見渡しても、相当疲れているようで全然起きる気配はなかった。
ホッとして私が謝罪すると、ツッキーはスマホをフリックする。

"名前なに?忘れた"
"えっ、本当に?泣きそう!ななし野ごんべ子です。ちょっと今呼んでみて"
"嫌だよ"
"なんで?"
"呼んだら負けな気がする"

ツッキーの返信にまたしても「なんで!?」と声をあげてしまい、慌てて口元を抑える。私の学習能力が機能してないんだけど……!
間で眠っていたグッチーが騒がしさに目が覚めたようで、寝ぼけ目で「あれ、もうついたの?」と腕を伸ばしながらツッキーに聞く。

「まだだよ」
「そうなんだ、俺結構寝てたと思ったんだけど……ていうか、今ツッキーとななし野さん喧嘩してなかった?」
「してないよ。……ねぇ、」

ツッキーが私を見て言葉を切る。これはもう名前を呼ぶしかない展開だよね?身を乗り出してじっと呼ばれるのを待つ。

「……そこのマヌケな人」
「ひどっ!ただの悪口じゃん」
「大丈夫、ななし野さん!?」

ズルリと手すりから腕が滑り落ちた。今の流れで名前呼ばないのは可笑しいよね?
プッスーと意地悪な顔で笑うツッキーに私は決意した。



東京遠征"梟谷 後編"
(絶対に名前を呼ばせてやる!)

← top bkm →


97/119
ALICE+