音駒戦、期待の新人リエーフの身体能力はやっぱり凄かった。前回の練習試合では犬岡くんに止められた日向の速攻を、リエーフも止めて見せたのだ。更に日向の囮につられながらも、リードブロックで旭さんのスパイクに触れるなど、思っていたよりやっかいな敵だった。さすがの日向も落ち込んでいるんじゃないかと心配したけれど、それは杞憂だったようだ。とにかく試合が楽しくて楽しくて仕方ないみたいで、私もつられて楽しくなってくる。
「えっ」
ラスト、旭さんに上がったボールを追うもう一つの影。お互いがボールに飛び上がったせいでその距離はあっという間になくなる。それはほんの一瞬の出来事で、旭さんと日向が接触した。体格上、日向がどうしても負けてしまいコートに背中から落ちる。
「ひぃ!」
「ヒェッ!?」
反射で隣にいた谷地さんの腕を掴むと、彼女からはどちらに驚いたのか分からない悲鳴が上がった。私の所為だったら申し訳ない。
「すっすみません!!」
「ちゃんと周り見ろボゲェー!」
響き渡るコーチの怒声。便乗した影山の「ボゲェー!日向ボゲェ!」という怒りの声も聞こえる。影山なりに言いたいことはあるんだろうけど、ボキャブラリーが足りなかったんだろう。
「大丈夫かな、日向」
「頭は打ってないみたいだし、大丈夫だと思う」
お互いに謝り倒している当人たちにケガをした様子はなさそうで、私たちマネージャー陣もホッと胸をなでおろした。
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「フライング一周!」
音駒戦は、残念ながら負けてしまった。相手のレシーブ力は日向と影山の変人速攻が通用しなくなっているのが苦しかったかもしれない。更に、この試合中のみんなの雰囲気はコートの外にいる私たちにもわかるくらいに違和感があった。一体、どうしたんだろう?影山は普段より少し険しい顔だった気がする。
最近影山の感情が全然読めないから、自信はないけど……。
「ごんべ子ちゃん、今のうちにドリンクの補充お願いできる?」
「了解です!」
「仁花ちゃんは、スコアの書き方の続き教えるね」
「はい!よろしくお願いします!」
次の試合まで少し時間が空いたので潔子さんの指示のもとドリンクの補充に向かう。ハードな練習には水分補給は欠かせない!試合での戦力になれない分、こういったサポート面では少しでも役に立ちたいと思った。いってきまーす!と意気揚々と体育館を飛び出すと、谷地さんが軽く手を振ってくれた。
「合宿は楽しいなぁ〜」
耳を澄ませば体育館から掛け声とシューズの音が聞こえてくる。朝から晩までバレー漬けで、同じ学校の部活仲間だけでなく他校の人とも交流できるし、何より間近でみんなの練習を見ていられることが嬉しい。いつか日向が学校の授業も全部バレーだったらいいのにと言っていたことを思い出し、ちょっとだけ気持ちが分かった。
補充分のドリンクを作り終え、体育館へと戻る足取りは自分でも驚く程軽い。
「でも、試すくらいならいいべ??」
角を曲がると、体育館の扉の前で日向と影山、スガさんが話し込んでいるのが見えて思わず立ち止まる。
聞いてもいい話なんだろうか。どうしたものか…。とりあえず、三人から見えないように壁に張り付き柱の影に身を隠す。勢いで飛び出せば出方に迷わなかったのに、と少し後悔した。
「空中での最後の一瞬まで自分で戦いたい」
「――あの速攻にとって"ほんの少しのズレ"は"致命的なズレ"になる」
日向と影山が揉めているようだった。
聞き取れた言葉から推測すると、日向がコースの打ち分けをしたいとでも言ったのだろうか?それを影山は反対している、と。
さっきの試合中に日向が影山と何か会話してから微妙な雰囲気になっていたのは皆なんとなく気づいていた。もしかしてそれが原因?そろっと柱から顔を覗かせて様子を窺ったけど、影山の背中しか見えなかった。
「あの速攻にお前の意思は必要ない」
「…!?」
「……」
話はもう終わりだと、突然振り返った影山と思い切り目が合い急いで顔を引っ込めた。やばい、絶対に見つかった!
盗み聞きしてんじゃねぇ!と怒られるかもしれない。ザッと足音が聞こえたので身構えていたけれど、影山が私の前に現れることはなかった。
もう一度柱から顔を出すと、既に影山の姿はなくスガさんと日向の二人だけ。さっきのことは私の思い違いだったのかもしれない。
「どうしよう…タイミング逃した」
スガさんと日向も体育館へ戻るかと思いきや、まさかの烏養コーチが話に参加するという事態。完全に戻るタイミングを失ってしまった私は、ドリンクの籠を抱え体育館の壁に張り付いたまま動けない。何食わぬ顔で戻ればいいと思うけど、今更それが出来なかった。部分的ではあるけど、盗み聞きしてしまったことが後ろめたい。
「"向こう側"が見えました。頂からの景色が見えました」
日向の言葉は、不思議と私の心を揺さぶった。技術的なことは分からないからこそ、日向を素直に応援できるのかもしれない。今の烏野の状態がベストなのだとしたら、春高前に下手なことは出来ないという影山やスガさんの意見も分かるから複雑だ。
結局、試合が始まる直前に大地さんが声を掛けて解散となるまで私もその場を動けなかった。
「…」
去り際に見えた日向の表情が私の脳裏に焼き付いて離れなかった。
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昼休憩中の食堂は、他校生が入り混じって昼食をとっているためとても賑わっていた。日向はいつのまにかリエーフと仲良くなったらしく、研磨さんと三人で仲良く話している。
一方、影山はツッキーたちの隣で一人黙々とご飯をかきこんでいた。日向と別々なのは何だか新鮮な気もするけど、中学の頃の影山は一匹狼状態だったからこっちの方が自然なのかもしれない。
かくいう私も、なかなかゆっくり話す機会がとれなかった谷地さんへアプローチしている最中だった。
「じゃあ、"やっちー"と"谷っちゃん"どっちがいい?」
「あっ、私はどっちでも…むしろ村人Bとかミジンコとか、お前とかでも全然平気だよ!」
「それは私が平気じゃないかな」
向かいに座る谷地さんに、あだ名の候補を提示すること3回目。やっと二つまで絞り込んでからが本番だった。
谷地さんは遠慮しているのか、なかなか決めきれないようで逆に自虐的な候補をあげてくる。
仮に谷地さんを"村人B"とか"ミジンコ"なんて呼ぼうものなら私は各方面から非難されること間違いなし……!
谷地さんと無言で見つめあったまま、時だけが過ぎていった。
「谷っちゃん、テキトーに流して早く昼たべなー」
「は、はいっ!はぐ、うっ、げほっ」
「いや、食べるスピードは普通でいいからね!?」
隣のテーブルから見かねたスガさんが谷地さんに声をかける。困り果てていた谷地さんは、一瞬ビクッと肩を揺らして親子丼を口にかきこみ、むせていた。
見ていて面白いなぁ、とほっこりしていたけど、みるみる内に青ざめ苦し気に胸元をドンドンと叩きだしたので、慌てて水を差しだした。谷地さんが死んじゃう!
「ななし野ちゃんも早く食べな」
「スガさん、私は真剣に悩んでまして…」
「ていうか、ここの唐揚げ旨いな!」
完全に私の言葉をスルーしたスガさんは、サクサクの唐揚げを堪能している。いつからこうなった…!最初はもっと優しかったのになぁ。たまに辛辣になるのはなぜだろう。
逆に、スガさんの前に座っていた音駒の夜久さんが少しハラハラした様子で私たちのやりとりを窺っていた。そのはす向かいに座っていた旭さんは味噌汁を飲み、我関せずとでも言うようにほっと息を吐いている。
「そもそも、スガさんたちがいつの間にか谷地さんのことを"谷っちゃん"って呼んで仲良くなってるから私は焦ってるんですよ!」
「だってななし野ちゃん、行きのバスにいなかったじゃん。なあ、旭?」
「え、うん」
本当は、みんなであだ名決めようね!と言っていたのに、昨日のバスの中でそういう話になっていたらしい。
それはいいんだけど、一旦あだ名で呼ぶタイミングを逃していた私は再度タイミングを逃してしまい焦っていた。このままでは、谷地さん呼びが定着してしまう…と。
「谷っちゃんはどっちでもいいって言ってるんだし、ななし野ちゃんの好きな方でいいだろ」
「私も決められないんです!なぜなら、どっちもしっくりくるからです!」
自分でも分かるくらいのドヤ顔でスガさんを見る。無反応で唐揚げをもう一かじりしたスガさんに変わって、夜久さんが「えっ」と小さく声を漏らした。谷地さんも私とスガさんを交互に見ておろおろとしている。
「あの、ななし野さん…ほんとに私はミジンコでもいいよ!?」
「いや、それは絶対ダメ!」
「じゃあさー、旭が決めれば」
「えっ!?なんで俺?」
突然話を振られた旭さんが、すこしあたふたしながらスガさんを凝視する。「ななし野さんからも何か言ってよ」と私に助けを求める旭さんを見てふと思った。第三者に決めてもらうのはいいかもしれない!
旭さんに「お願いします!」と手を合わせると、「えぇ…」と消え入りそうな声を出しうなだれる。
「ああ東峰さん、私があだ名を決めきれなかったばっかりにすみません!額が擦りきれるまで謝ります!!」
「えっ!?ちょっと、谷っちゃん顔あげて!?えっと、何かごめんね!?」
「ちょっと待って、谷地さん!そこまで追いつめてたなんて思わなかった!私が悪かったよ、謝らないで!」
突如向かいの席に座っていた谷地さんが何をどう解釈したのか、テーブルに額を押し付け謝罪し始めてしまった。周囲からの視線にさらされている旭さんも半泣きで谷地さんに顔をあげるよう頼む。
待って、そもそも私が原因であって谷地さんも旭さんも全然悪くない。逆に良心が痛んだ私が二人に謝っていると奇妙な謝罪合戦に発展してしまった。
「す、スガくん…これは大丈夫な状態?」
「いや、あんまり大丈夫じゃないかも……。おい、みんなストップストップ!大地が凄いこっちみてるから!」
三人揃ってテーブルに頭をつけて「ごめんなさい」「いや私のせいです」「俺が」と言い合っていると、スガさんがこそっと私たちにそう告げる。そっと大地さんの方を見るとクロ先輩との話を中断してこちらをガン見していた。しかも笑顔だった。やばい…、そう悟った私たちは最後に小さく「すみませんでした」と呟き、黙る。
「マネいると賑やかなんだな」
「…うちは特別かもしれない」
夜久さんとスガさんの会話に異論を唱えることは出来なかった。
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