王様と召使い

学校についた頃にはすっかり日も落ち、辺りは静寂に包まれていた。なんとなく校舎を見てみると、月明かりが反射し窓に夜空を映し出していた。じっと目を凝らせば見えてはいけないものが見える気がして慌てて視線を逸らす。霊感なんてないけど、万が一ということがあったら嫌だ!校舎の窓からこちらを見る人影を想像して背筋が寒くなった。

「うおー宮城ー!帰ってきたぞコラァ!」
「なんで田中はキレ気味なんだよ」
「旭さん、ちゃんとさっきの約束守ってくださいよ!」
「ええ…嫌だよ!明日でもいいと思うよ、俺は!」
「何言ってんスか!既に2日も放置してんのに、明日になったら大変なことになりますよ!」
「もう2日でも3日でも変わらないだろ……」
「コラ、うるさいぞお前ら!」

長時間のバス移動と仮眠を取って眠気のなくなった先輩たちが騒がしく降りてくると、大地さんの怒声がとぶ。みんな何だかんだ元気だなぁ。私は結局眠れなかったから少し眠い。

「…あ」

欠伸をしながらバスを降りてくる影山と目が合った。いつもなら日向と言い合いながら出てくるのに…やっぱり、昼間の件があってからお互い気まずいのだろうか。席も今日は隣じゃなかったし。
ぼーっと影山を見ていると、私に向かって歩いてきたので少し驚いてしまった。何か顔が怖いんだけど…!何かしたっけ、と思わず身構えると影山は眉間に皺を寄せた。

「え、ど、どうしたの?」
「何ビビッてんだよ」
「いや、決してそんなことは!」

実は盗み聞きしていたこと知っているのかも!と思ったけど違った。だとすれば、どうしてそんなに怖い顔をしているんだ…。余計なことは言わないでおこうと誤魔化し、じっと私を見たまま何も言わない影山に首を傾げた。

「…家まで送る」
「えっ?…あ、ありがとう」

思わぬ言葉に、私は肩の力が抜けた。最近はあまり一緒にいることがなくなったけど、一応私のことを気にしてくれているのかな?そう思うと、彼なりの優しさが嬉しかった。
ちょっとソワソワしながらお礼を言うと、影山は「便所か?」と言い放つ。デリカシー!いや、トイレじゃないけど!

「ハイ!皆さん、お疲れ様でした!」
「した!」

最後にバスから降りてきた武ちゃん先生が締めの挨拶に入る。先生という立場に加え、長距離の運転を一人でこなしていたせいかとても疲れ切った表情をしていた。先生こそゆっくり休んで欲しいけど、きっとそういうわけにもいかないんだろうな。教師って大変…。

「――ゆっくり休んで下さい」

明日の部活は体育館の点検作業のため休みになることを告げられ本日は解散となった。明日の朝は少しゆっくり出来そうだ。合宿は楽しかったけれど、やっぱり自分のベッドでぐっすり眠れるのは嬉しい。

「じゃあね。へっぽこマネージャーさん」
「ななし野ごんべ子ですけど!」
「ななし野さん、また明日」
「グッチー、またね!ツッキーは悪夢みろ!」
「今日は熟睡できそうなんで。残念」

全然残念そうじゃないし!ツッキーが意地悪な笑みを浮かべて去っていく。絶対に名前を呼ばせてやると意気込む私と絶対に呼ばないスタンスのツッキー。状況がよくわかっていないグッチーは、疲れているのか私たちの仲裁に入ることはなかった。
二人の背中を見送ると、影山のもとに向かう。眉間の皺の数を見て、あまり機嫌はよくなさそうだということが分かった。

「かげ、」

やま、お待たせ!と、続けようとしたけれど日向の「影山…トスあげてくれよ」という声に遮られ私は立ち止まる。影山は振り返ると、少し考えた後「わかった」と呟いた。
返事を聞いた日向は私に気づかず、体育館の方へ駆けていく。影山もてっきり「フライングすんな」と追いかけていくと思ったのにそうはしなかった。私はどうすべき?そんな私に、影山はゆっくり視線を寄越す。

「ななし野、悪いけど先に帰っててくれ」
「え、うん。それはいいけど…もしよかったら手伝おうか?」
「いや、いい」

それだけ言うと影山も体育館へ向かっていく。即答で断られたことが少し寂しい。
私も力になりたいけど、影山はきっと私の手助けなんていらないんだろう。何となく押しきって手伝う気にもなれず、影山の背中が見えなくなるまでそこから動けなかった。

「ちぇっ。……帰ろ」

一人でここに居ても仕方がないので帰ろう。いいもん、早く帰って影山より長く睡眠とるから!明日は部活もないし、何して過ごそうかな。
……日向と影山は何だかんだバレーの練習してそう。と、あの二人のことを考えている自分に気づく。そんなに気になるなら今からでも体育館に行けばいいのに。もし友達が悩んでいたら私はそう言って背中を押すんだろう。

「…影山のバーカ…」

言って、振り返る。万が一聞かれていたら、と恐ろしくなってしまったのだ。
後ろには誰もいなくてホッとしたと同時に少しガッカリした。一瞬でも影山が追いかけてきているんじゃないかと思ってしまった自分が悔しい。影山がバレーより優先することなんてないと分かっているのに。


「龍先輩、何してるんですか?」
「おー、ななし野!」
「あれ?ノヤさんは?」
「あー、ノヤッさんは…」

部室前で一人、携帯を眺めている龍先輩を見つけて駆け寄る。私に気付いた先輩は携帯を仕舞うと、事情を説明するために口を開いた。

「金曜日に教室に弁当箱を忘れてたらしくて、今旭さんとスガさん連れて一緒に取りに行ってんだよ」
「えっ、あの旭さんがよくついていきましたね!?」
「ついていくっつーか引きずられてった感じだな。あの二人に」
「ああ……」

可愛そうに。そういえばバスを降りたとき、先輩たちがそんな話をしていたような…。
半泣きで二人に連行される旭さんに心のなかで合掌した。私も夜の校舎に行くなんて怖くて無理だし、行きたくない気持ちは分かる。さっき外から校舎を眺めただけで恐怖心が沸いたくらいだ。
龍先輩はジャンケンに勝ったらしく、そんな三人をここで待っていたらしい。

「ななし野は一人か?影山はどうしたんだよ」
「日向と自主練してます」
「げ!?あいつらまだバレーしてんのか!昨日今日とバレーしかしてねぇのによくやるぜ……」

自分で言って合宿中のペナルティを思い出したのかゲッソリしていたので私は苦笑いしてしまった。想像だけで疲労困憊している姿を見て、次回はペナルティの数を減らせますように、と心の中で祈っておく。

「そうだ、龍先輩!」
「なんだ?」
「冴子姉さん、とても素敵な方でした!あんなにかっこいいお姉さんがいて羨ましいです!」
「そ、そうか?まあ、今回は助かったけど…でも、家では人のアイス食うし勝手に部屋入ってくるし、ゲーム貸してくれたり誕生日にプレゼントくれたりすっけど……」
「自慢のお姉さんですね!」
「…う、くそ、笑うなよ、コラ!」

龍先輩は照れを隠すように頬を掻く。自分の身内を褒められると肯定していいのか否定していいのか分からないのかもしれない。
褒めたり貶したりしながらも、尊敬している気持ちが伝わってきて私は微笑ましい気持ちになった。うふふ、とわざとらしく先輩を見て笑うと分かりやすく赤くなる。照れた姿はちょっと可愛かった。
しばらくそんなやりとりをしていると、バタバタと足音が聞こえてきた。

「た、たた田中しゃん!しぬ!しぬ!」
「何が!?怖い!落ち着けよ、谷っちゃん!」
「日向と、影山くんが!!しぬ!どうしよう、ごんべ子ちゃん!」
「え、え??死ぬの!?」
「け、喧嘩して!どがーってぐわーって!大変で!」

とにかく助けてください!と半泣きで訴えるやっちーに、さすがに私たちも焦った。死ぬほどの喧嘩ってヤバくない?
まさか殴り合って、どっちも血だらけとか!?体育館が血の海だったらどうしよう!青ざめているやっちーを見て私も恐くなってくる。とりあえず体育館へ急ごうと三人で駆け出した。

「がああぁ」
「クソが!しつけぇんだよ!」
「じゃあトス!あげてくれよ!」

体育館にたどり着くと、日向と影山が取っ組み合っていた。血みどろではないけど、思ったより本気の喧嘩に少し足がすくむ。龍先輩が何度か引き剥がそうと試みたけど頭に血が上った二人には私たちの声は届かなかった。殴り合うというよりは投げ飛ばしているようで、目立ったケガは見当たらない。ただ、このままヒートアップすれば壁やポールにぶつかって大怪我になる可能性もある。
龍先輩は拳を握ると「仕方ねぇ」と言って二人に突進していった。

「やめなさーい!」
「うぐっ」
「ほげぇ!」

龍先輩の拳が二人の頬にヒットした。一瞬何が起こったのか分からないのか、頬を押さえて目を白黒させている。
そして私たちの姿を確認すると二人は冷静になったようで、もう掴み掛ったりすることはなかった。日向は口元を切って血が滲んでいるし、影山も鼻血が出ている。それを見て弾かれたように部室に救急箱を取りに走った。

「救急箱持ってきました」
「おう、サンキューななし野!」

猛ダッシュして戻ってくると、龍先輩が三人から事情を聞いていた。救急箱を手に、話終わるまで待機しつつ耳を傾ける。どうやら昼間話していた速攻のことで喧嘩になったらしい。

「俺はお前らの速攻のことに口出しはしねぇ。とりあえず、明日先生には俺から言っといてやる。片付け手伝ってやるから、さっさと傷の手当してもらえ」
「…っス」

龍先輩の言葉に従った二人は、大人しく私とやっちーのところへやってくると「頼む」と小さく頭を下げた。
影山の目元にある擦り傷に絆創膏を貼り、鼻にティッシュを詰めようとしたらさすがに自分でやると奪い取られてしまった。

「…お前、まだ帰ってなかったのかよ」
「うん、ちょっと先輩と話してて……」

それきり黙りこんでしまった影山は、体育館の片づけを終えても一言も喋らなかった。そして最後に龍先輩に頭を下げると、日向を一瞥し一人帰っていく。何となくその背中を追いかけなければいけない気がして、無意識に足が動いていた。

「龍先輩。私、影山と帰ります!」
「おう、気をつけてな!」
「日向とやっちーも、また明日ね」
「あ、ウン!ばいばい」

日向は下を向いたままだったので、先輩とやっちーに軽く手を振り影山の後を追いかけた。


← top bkm →


98/119
ALICE+